春の和菓子といえば、桜餅。1717(享保二)年、長命寺の門番、新六が向島の桜の葉が散るのを惜しみ、それを塩漬けにして販売。しかしまったく売れず、餅をくるんで売ってみたら大当たりしたのが発祥です。
人気の秘密は、桜の葉の独特な香りでした。桜の葉はふだんは匂いませんが、塩漬けにすることで、中にとどまっている芳香成分クマリンが顔を出します。その香りが餅に移り、ほのかに春を感じさせるのです。
最近は葉ごと桜餅を召し上がる方もいますが、それでは葉の味が勝ってしまいます。葉をむくと、餅に桜の香りが移っています。その移り香と、餅の甘さ、さらに餡が調和するおいしさはこの季節ならではのもので、移り香を楽しんでいただきたいお菓子です。それでも塩漬けの葉を楽しみたい場合には、ちぎって口直しにするくらいが良いでしょう。
主張をおさえたほのかな香りこそ、和菓子の精神。西洋のお菓子は、出したとたん部屋中に甘い香りが充満します。和菓子の場合は、口元にもってきて初めて、かすかな甘さや香りを感じます。茶道で和菓子が重用されるのはお茶の香りを越えないからで、ほのかな香りを楽しむのが和菓子の良さだと思います。
柏餅も、春の和菓子です。柏の葉は、古くから食べものの器として使われてきました。ふつう植物の葉は、古い葉が全部落ちてから新芽が出ますが、柏は新芽が出るまで古い葉が落ちずにがんばっています。江戸時代は武家社会ですから、家系が続くことが何よりも大事。そこで〝柏の葉は縁起がいい〟と端午の節句に用いられるようになりました。
柏餅の新粉(しんこ)と餡のおいしさは、春だからこそ。桜餅や柏餅は、どんなにおいしくて売れようが、季節が過ぎれば店先から姿を消します。その季節の中で味わう和菓子こそ、日本人独特の感性といえますね。

藪光生(やぶみつお)
和菓子の文化を研究し、講演や教育活動を精力的にこなす。全国和菓子協会専務理事、全日本菓子協会常務理事、日本菓子教育センター副理事長も務める。著書に「和菓子」「和菓子噺(わがしばなし)」など。