江戸時代から商業の中心で、老舗の本店も多い日本橋。新しいランドマーク「コレド室町」にほど近い、昔ながらの名店の一つが「日本橋とよだ」です。始まりは1863(文久3)年、寿司の屋台から。1872(明治5)年には、寿司屋とともに江戸料理の店舗を構えます。「もともと江戸前の料理は、穴子鍋や蛤鍋など、素材の味を単品で楽しむもの」とその魅力を語るのは、五代目の橋本亨氏です。
-
穴子の山椒煮。赤ワインに合うと橋本氏

幼少期は厨房が遊び場で、料理人を目指したのも自然の流れでした。修行は浅草の名店「草津亭」。江戸料理の名人と謳われた宮澤退助氏のもとで仕込まれました。「親方は厳しく、食材を粗末にすると叱られました。だからか私も無駄にはうるさいですね」と笑います。ずっと心に留めているのは、親方の「どんな最高の素材で腕のいい板前の料理でも、母の味は越えられない」という料理観。慣れ親しんだ郷愁の味があるんだと感銘を受けました。

30歳で駐独日本大使の公邸料理人として渡欧。ワインと和食の相性を学びました。以来、ワインを召し上がる方には刺身を漬けにしたり、山葵から辛子や胡椒に味付けを変えたりと、ひと工夫。「お飲みになっている赤ワインを割りじょうゆにほんの少しいただくこともあります。相性がぐんと良くなりますよ」。
江戸前の料理にヤマサのしょうゆは欠かせないという橋本氏。「やわらかい風味を出しやすく、煮物に含ませると味も香りも〝まろやかさ〟が生まれます。味を大きく左右するから、しょうゆを変えるのは怖くてできません」。また「江戸前に使うしょうゆは、鮮度が命です」とも断言します。「開封したらできるだけ早く使い切りたいので、一升瓶タイプを使っています」。


大事にしているのは、昔ながらの調理法で、伝統的な味わいを守ること。「若い時は新しい料理への興味もありました。でも、いまは〝日本一おいしい定番料理をつくりたい〟と思います。いつも変わらず定番の味を出す、これが実は難しい」。そこで若い人には、「多少の厳しさは我慢して、ぜひ日本料理を継承して欲しいですね。まずは基礎を身につけ、その上でいろんな冒険を」と勧めます。
お客様の中には、入社式で食べた赤飯弁当から退職の送別会まで「日本橋とよだ」という方も少なくありません。長いお付き合いの中で、「とよだの煮物を食べるとほっとする、と言われると何より嬉しい」と目を細める橋本氏。その表情に、江戸前の味はこれからも生き続けると感じました。
「日本橋とよだ」
中央区日本橋室町1−12−3 電話:03-3241-1025 |
![]() ![]() |