杓子(しゃくし)の登場は箸より古く、縄文時代の遺跡からも出土しています。日本人が煮炊きをするようになった頃、最初は棒で料理をかき混ぜていました。より使いやすくするため、まずヘラ状に加工し、さらに汁をすくいやすくするため、先に窪みをつけて杓子となりました。棒先に貝を取り付けて使用したこともあったようです。
お玉杓子の語源は、滋賀県の多賀大社と言われています。奈良時代、元正(げんしょう)天皇が病に伏された際、多賀大社の神官たちが治癒を祈念し、強飯(こわめし)(もち米を蒸したもの)を大きな杓子に乗せて献上しました。元正天皇が無事快復されたことで、杓子は縁起物となり、「お多賀杓子(おたがしゃくし)」と呼ばれるようになりました。そこから、「お玉杓子」「お玉」と転じ、形が似ているカエルの幼生まで、オタマジャクシと呼ばれるようになりました。現在ではご飯用を杓文字(しゃもじ)、汁物用を杓子と言いますが、昔は区別なく使われていました。杓文字の方が後から派生したもので、杓子の※女房詞(にょうぼうことば)です。
人間の食生活の発展とともに、調理道具は姿形・素材を変えて進化しています。現在のお玉杓子の多くはステンレス製で、シリコン製も増えています。昔ながらの木製お玉も依然として需要があります。田舎風の鍋料理などには、やはり木のものが似合いますね。素材は密度が高くて固いブナや朴(ほう)の木が使われてきました。使用するうちに黒ずんできますが、鍋に入れたままでも持ち手部分が熱くならず、使い勝手が良いものです。中華料理用や西洋料理用では、また形が異なります。中華用は炒めやすく、西洋料理のレードルは寸胴鍋に合わせた使いやすい形状です。ちなみに中華用のお玉は、料理以外でも活躍の場があるようです。遺跡の発掘現場で、細部の穴を掘ったり、土をすくい出す作業に便利に使われているそうですよ。
参考/「台所道具いまむかし」(小泉和子著・平凡社)
※女房詞:宮中の女性が言い換えた上品な言葉
奥田晃一(おくだこういち)
東京合羽橋商店街振興組合副理事長。かっぱ橋道具街で昭和8年から料理道具店を営むオクダ商店三代目。漆器、竹製、木製の道具を広く扱い、料理のプロからの信頼も厚い。