日本三大美林の一つ〝木都 〟能代市

内側が真円になるまで、
3種類の手がんなを使って仕上げます。

完成品の内径ごとに、
刃先が10種類以上あるかんな。
杉の桶樽の歴史は古く、先史時代から穀物の保存や水樽として使われていました。その材料となる天然杉を、日本三大美林の一つとして生産してきたのが、秋田県能代市。日本随一の集産地で、「木都」と呼ばれています。能代の厳しい冬の寒さが天然杉の木目をきめ細かくし、まっすぐに成長させるのだそうです。
桶樽が現在のような形になって使われ始めたのは、室町時代から。江戸時代に入ると秋田藩主の奨励で製造が盛んになり、一気に普及し始めます。発酵を支え、しょうゆ・味噌・酒の醸造に欠かせない杉樽の需要が増えるにしたがい、職人たちの技術も向上しました。この能代の地で江戸時代から桶樽をつくり続けているのが、「樽富かまた」です。
和食をさらにおいしくする杉

樽冨かまた 11代目
鎌田 勇平 氏
「樽富かまた」11代目の鎌田勇平氏は、国指定の卓越技能賞を受賞し、現代の名工と呼ばれています。名工曰く「杉は日本人の食に合った木です。先人の知恵は本当にすごいね」。たとえば、おひつは炊いてすぐのご飯を入れると余分な水分を杉が吸収し、ご飯が乾燥しかけると今度は水分を戻してくれます。電気炊飯器と違い、ゆるやかに冷めていくので、ご飯に甘みも出ると言います。「ご飯が冷めてもおいしいから」という根強いおひつファンも多いそうです。酢飯をつくる飯切りもしかり。鎌田氏は「瀬戸物やプラスチックのボウルだと、上から蒸気は飛んでも底からは飛びませんから、ご飯がべちゃべちゃになってしまいます」と説明します。余分な水分を飛ばしながら酢と混ぜることで、おいしい酢飯ができるのです。
酒の場合は、杉のタンニンが溶けて味が深くなります。衛生面や手間がかかることから数は減りましたが、「杉樽は〝呼吸〟ができるので醸造にいい」と、いまだに杉樽を使う酒造メーカーもあります。
タンニンは酵母菌とも相性がいいので、もちろん漬物にも。杉樽で漬けた白菜漬は、パリパリと歯ごたえが楽しめます。「杉樽は湿度と温度の調整をし、水分を蒸発させて外気の熱を遮ってくれます。そのうえ紫外線を通さないから発酵の具合がいいんです」と鎌田氏。



職人の福島輝久氏。竹のタガを小気味よくトントンと締める、熟練の技。
新たな製品で現代の食卓にも杉を

ビールジョッキの原型。この厚みが数ミリになるまで丁寧に削っていきます。
「樽富かまた」ではタガに金属製のものではなく、竹を使います。「樽富かまた」で20年以上杉製品をつくり続けてきた職人の福島輝久氏によると、「杉は膨張と収縮を繰り返すので、タガが金属製だと長く使ううちに必ず緩みます。竹は伸縮するので強く引っ張って締めておけば、多少杉が縮んでも竹もぴったり合います」とのこと。
昭和30年代、プラスチック製品が大量に出回り、杉の桶樽はとって代わられてしまいます。そこで「樽富かまた」では、現代の生活に密着した新たな製品が必要だと、鎌田氏のアイディアで酒器やビールジョッキなど、さまざまな製品を開発し始めました。

卓上用に工夫した一夜漬けの杉樽。
「樽富かまた」のオリジナル。
もちろんどれにも杉ならではの魅力が活かされています。杉のビールジョッキは、泡が長持ちするし汗をかきません。「温度が逃げないから最後までおいしい」と鎌田氏はにこり。こうした新たな製品、ビールジョッキや一人用のおひつ、丸いお重は料亭や旅館などからの引き合いも多く、日本の古き良きものを知った若い世代にも人気が再燃し始めています。

秋田県天然記念物にも指定されている「きみまち杉」と呼ばれる日本一高い天然杉。まるで天を突くよう。
高度成長期に一度は下火になったものの、いままた食の場に復活しつつある杉。和食をおいしく食したいという日本人の本能こそが、伝統を守り続けているのかもしれません。
●取材協力/樽冨かまた