乾椎茸の全国生産量4割を占める大分県。竹田市・岡藩の文献によると、江戸末期に伊豆からやってきた生産者に指導を受けたのが、大分の椎茸栽培の発祥です。栽培といっても、当時はなたで木に傷をつけ、風で飛んできた胞子から発生させる、自然まかせの農法でした。

1.0~1.2mに切り揃えられた
原木がびっしりと並ぶ“ほだ場”
姫野一郎商店
人工的に栽培できるようになったのは、1945(昭和20)年頃。椎茸の菌糸が入った〝種駒(たねこま)〟を原木に植え付ける、〝駒打ち(こまうち)〟という手法が生まれてからです。

Ⓒ姫野一郎商店
ひとつひとつ手に取り、
見て、嗅ぎ、厳選していく
温度は15℃以下、湿度は
40%以下の低温倉庫
椎茸栽培は、まず11月中旬頃に原木となるくぬぎを伐採するところから始まります。伐採されたくぬぎは、2か月近く乾燥。1.0~1.2mに切り揃え、駒打ちし、菌子が成長しやすい山林の環境で二度の梅雨を越してから、椎茸の発生に適した場所に移します。駒打ちから収穫まで、2年半もの歳月がかかるのです。
「九州のへそともいえる竹田市は、寒暖の差が激しく、かつ温暖で水に恵まれている、椎茸栽培に適した環境です。また、幹が固くも柔らかくもなく、菌糸が広がりやすい〝くぬぎ〟が多く自生していたことも、発展した理由のひとつです」と語るのは、この地で1877(明治10)年から椎茸問屋を営む姫野一郎商店の姫野武俊さんです。

甘みがいっそう増す、
煮汁をたっぷり吸い
込んだ花どんこ

美しい文様を目でも
楽しむお吸い物

ホイル焼きは同じく
竹田市の名産かぼすを
しぼって

贅沢な花どんこのステ
ーキ。肉厚でジューシー

Ⓒ姫野一郎商店
その厚みに旨み成分が凝縮する味わい

株式会社姫野一郎商店
代表取締役
姫野 武俊 氏


乾椎茸は、傘の開き方によって3種類に分かれ、〝どんこ〟〝こうこ〟〝こうしん〟と呼ばれています。どんこの中でも、傘が白くひび割れて、肉厚で身のしっかりしまったものが〝花どんこ〟。その白さが鮮明であるほど価値が高く、比例して価格も高くなります。
花どんこは甘みがあり、また厚みがあるので、煮物にすると味がよく染み込みます。「大型のものはまるごとステーキにするとおいしいですよ」と姫野さん。「刻んでしまうと、おいしいよりももったいないという気持ちが勝ります」と笑います。

花どんこのハウス栽培
椎茸は主に春と秋に収穫しますが、春のものは気候が暖かくなるにつれてゆっくりと成長するので、身も味もつまっているのが特徴。栽培時の種駒の菌種によっても味が変わるそうです。
徹底して手をかけても、全体の数%の収穫

竹田市で椎茸栽培を営む
後藤 英二 氏
椎茸は、原木の栄養だけで成長します。だから、原木1本に植え付ける駒打ちの数も重要。多すぎると養分を取りあって、大きくなりません。
2017(平成29)年、第65回全国乾椎茸品評会のこうこ部門で林野庁長官賞を受賞した後藤英二さんは、「いい椎茸は、原木を切り出した初年度、木の力のあるときにしか出ません」と教えてくれました。何度か役目を果たして養分を吸いとられた原木は、5年ほどでお役御免。自然に朽ちて土壌へと還っていきます。
後藤さんは、山間の露地栽培だけでなく、ハウス栽培もしています。「花どんこは本当に繊細。ハウス栽培で雨に濡らさず、適度な日当たりを確保し、風通しよく、そして椎茸の芽が出るまでは、ほどよく散水もコントロールして…それでも、全体の数%しか穫れません」とその難しさを打ち明けます。


具体的な数字でいえば、何トンと椎茸を収穫しても、その中で花どんこと呼べるものは、段ボールに1~2箱あれば充分というところ。それだけの希少価値。天皇陛下に献上される花どんこもあるそうです。
明治時代から椎茸を扱う姫野さんは、「椎茸はもちろんメインで使ってほしいけれど、脇役、つまり隠し味としてももっと活用してほしい」と言います。「特に卵とは相性がよく、良質の椎茸の茶碗蒸しは本当においしい。むしろ椎茸がないと物足りないですね」と、その味を思い出すように顔をほころばせて語ってくださいました。
取材協力/株式会社姫野一郎商店

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