

手が切れるほどに乾燥させた熨斗あわびは2~3年保存がきく
古来あわびは不老長寿の食材とされ、貴重なものとして扱われてきました。日本有数の漁場、三重県鳥羽市の国崎町で穫れるあわびは、二千年前から「熨斗(のし)あわび」として、三節祭(年三回)の際、伊勢神宮に献上されています。
その昔、天照大神(あまてらすおおみかみ)に供える神聖な食物「御贄(みにえ)」を求めて巡幸中だった倭姫命(やまとひめのみこと)が、国崎で海女に差し出されたあわびのあまりのおいしさに感動し、献上するよう命じたのが始まりだとか。そして、この伝説の海女「おべん」を祀(まつ)ったのが、国崎町の高台にある海士潜女神社(あまかづきめじんじゃ)。以来、伊勢神宮とのつながりは深く、いまも7月1日の氏神社例大祭になると、伊勢神宮の舞姫や楽師による舞楽が奉納されています。

海士潜女神社 元宮司
奥田 佐吉 氏
あわび貝を器にした海士潜女神社のお守り
熨斗あわびはこの神社のすぐ近く、神宮御料鮑調整所(ごりょうあわびちょうせいじょ)で伝統技法を受け継いだ長老たちによってつくられます。まず熨斗刀と呼ばれる小刀で生のあわびをかつら剥きにし、3mほどのひも状にします。それを干して乾燥させたものを切り揃え、編み込んでいきます。
海士潜女神社の元宮司、奥田佐吉さんによると「熨斗あわびには、薄くて熨(の)しやすい300g以上の白あわびを使います。1年で約65㎏の熨斗あわびをつくりますので、生だと約900㎏必要です」。
熨斗あわびづくりは6月~7月にかけて。この時季のあわびはねばり気があり切れにくく、なによりおいしい。1年でもっともよいあわびを選んでいるのです。

潜女神(かづきめのかみ)を祀る日本で唯一の海士潜女神社

調製所に隣接する熨斗あわびの干場
国崎のあわびを守るために

舟人海女
奥田 文吉氏、しげ子氏夫妻
鳥羽の海女漁には、夫婦で行う舟人海女(ふなどあま)という独特の漁があります。男性が舟を操縦し、遠くの漁場まで移動するので、海女は水深18mまで潜ることができます。錘(おもり)を下げて素潜りした海女を引き上げるのは、男性の役目。ご主人の奥田文吉さんと漁に出る海女歴50年のしげ子さんは、「二人の呼吸が大事。一つ間違えば命にかかわるから」と言います。
あわびは岩に張り付いているので、磯ノミと呼ばれる道具を使って剥がします。傷がつけば半値以下になるので、そこは慎重に。1回40秒ほどの素潜りを、50回程度繰り返し、12~15個あわびが獲れたら大収獲です。
「漁獲量は年々減っています。以前は新人の海女でも7~8㎏のあわびが獲れましたが、今はせいぜい1~2㎏かな」と文吉さん。そのため漁協では、あわびの稚貝を年3万個放流しています。11㎝以下のあわびは逃がす決まりなので、実際に捕獲できるのは4年も先になります。
食材としてのあわびについてしげ子さんは、「バター焼きはミディアムくらいがふわふわしておいしいですよ」と教えてくれました。
海女の文化を体験できる相差(おうさつ)

全国から女性の参拝客が絶えない石神さん
海女の文化と歴史を学べる相差海女文化資料館

相差町内会会長
中村 幸照 氏
“ドーマン・セーマン”が刺繍されている石神さんのお守り
全国でもっとも海女人口の多いのが、国崎町の南隣にある相差町。この町の氏神、神明神社の参道には、海女たちが古くから「石神さん」と親しんできた小さな社があります。「その昔、相差の女性はみな海女漁を行っていました。そこで、海女の願いを叶える石神さんが、女性みんなの願いを叶えてくれると言われるようになったのです」と相差町内会会長の中村幸照さん。テレビや雑誌で紹介されて以来、全国から女性参拝客が一気に増え、年に20万人も訪れるそうです。
海女が着替えをしたり暖をとったりする浜の小屋を「かまど」といいます。相差では、このかまどを観光客に開放。現役の海女が炭で焼いてくれる魚介のランチは、海外の観光客にも人気です。海女の高齢化、資源の減少など課題はありますが、この鳥羽では伝統を守りながら新しい試みを続け、開かれた地に変わりつつあるようです。

「炭で焼いたものは冷めてもおいしい」と、相差かまどで

取材協力/鳥羽磯部漁業協同組合国崎支所・相差海女文化運営協議会

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