English

【匠の皿 vol.26】「カンジャンセウとお茶のタルト」Restaurant HYÈNE エクゼクティブシェフ 木本 陽子 氏

 
この料理のベースとなっているカンジャンセウとは、韓国料理のエビの醤油漬けのこと。よく知られているカンジャンケジャンはカニの醤油漬けで、つくるのに手間がかかるためお店で食べることが多い料理ですが、こちらは韓国では家庭でもつくられる料理です。スライスした玉ねぎ、生姜、ニンニクを、「ヤマサしょうゆ」「ヤマサ あおさしょうゆ」、出汁と合わせておき、そこに頭を外した殻付きのエビを漬けて5時間ほど寝かせてつくります。出汁は血合いを除いたマグロ節と羅臼昆布で、繊細な味に仕上げたものを使いました。
 

 
「ヤマサしょうゆ」は大豆の香りが豊かでクセがなく、エビの風味を邪魔しないことから使用を決めました。また、「ヤマサ あおさしょうゆ」はあおさの旨味が同じ海産物であるエビに合うことと、今回のテーマであるお茶は旨味が強いため、だし醤油と相性がよいと思い選んでいます。
 

 
韓国では茶葉に限らずなんでも煮出せばお茶になるため、お茶をどうとらえるか、概念の部分から悩みました。スイーツを除けばお茶を料理に使ったこともありません。そんな中で私は、お茶のチャームポイントは、なんといっても旨味であることに気づいたのです。特に玉露は、独特の旨味をダイレクトに感じることができ、その強く深い味わいはまるで昆布出汁のよう。メニューを考えるにあたって、この玉露の旨味を活かしたいと考えました。
 

 
緑茶のムースづくりは、80度に沸かしたお湯に玉露の茶葉を入れ、蓋をして5分ほど蒸らすことから始めます。低温でじっくり蒸らすことで旨味と香りをしっかりと抽出したお茶を濾し、水を加えて100gにします。この時、旨味や香りと一緒に色まで抽出しようとすると、お茶に苦味が出てしまいます。ムースにお茶の色を付けるためには茶殻が役立ちますので、濾し取った茶殻を残しておきましょう。次に新玉ねぎを甘味が出るまでバターで炒め、100gにしたお茶と残しておいた茶殻5gを加えて煮込むことで味や香り、色を移し、板ゼラチンを入れて溶けたらミキサーで攪拌します。冷え固まったら生クリームと合わせ塩コショウで味を整えてムースは完成です。
 

 
次にチーズタルトをつくります。バター、塩、粉砂糖をなめらかなホイップになるまで混ぜ、卵黄を少しずつ加えて乳化させます。そこに濾した小麦粉などの粉類とパルミジャーノの粉を加え、さっくりと混ぜた状態で冷蔵庫に移して休ませた後、4~5mmの厚さに伸ばして焼き、一口サイズにカットします。
 

 
チーズタルトに緑茶ムースを塗り、殻をむいて水分を取ったカンジャンセウをカットしてのせ、エクストラバージンオリーブオイルと黒コショウで味を整え、ブリヤサヴァランとシブレットを飾って仕上げます。オリーブオイルは、緑茶と親和性の高いフレッシュな風味のものを使うとよいでしょう。カンジャンセウの醤油味とムースのお茶の味に、コクがありながらもクセがなく他の食材の邪魔をしないブリヤサヴァランでフランス料理のニュアンスをプラスしました。
 

 
醤油に漬けることで水分が抜けてねっとりとしたエビ、滑らかでフワフワとした緑茶ムース、サクサクのチーズタルトが織りなす食感のハーモニー。韓国、日本、フランスのそれぞれの自然と歴史から生まれた食文化の融合。そんな複層的な美味しさをこの一皿に表現することができたと自負しています。今回のメニュー開発では、「美味しく飲むためには」という視点を離れて日本のお茶と向き合えたのが収穫でした。旨味の活かし方など新たな発見がありましたので、今後も何らかの形で活かしていきたいと思います。
 

 
「カンジャンセウとお茶のタルト」のレシピはこちら