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【ひしほがたり】第十五話:食&宿泊を通じた地域コンテンツの創造と可能性~日本旅館とオーベルジュ~

 
―日本旅館とオーベルジュ、その違いはどこにあるとお考えですか?
 
土屋様:そもそもの成り立ちから異なりますよね。フランスの星付きのレストランは郊外にある店も多く、スターシェフの料理を食べるためには泊まらざるをえません。そこからオーベルジュは発展してきた。一方日本は、宿泊が主体。街道の宿場町には旅館の起源とされる旅籠があって、時代や場所にもよりますが、当初は料理にあまり重きを置いていなかったのではないでしょうか。つまり、「食事のために宿泊するオーベルジュ」、「宿泊のために食事がつく日本旅館」という違いです。
 

金城樓
 
平田様:食事か宿泊か、目的の違いというのは大きいです。土屋さんのお話を聞いて、能登に店を構えた私がオーベルジュを始めたのは、自然の流れだったのだと思えました。
料亭旅館もオーベルジュも、チェックインからチェックアウトの一連の流れをトータルコーディネートするという点では同じです。ただ、その時間で何を伝え、何を体験してもらうのかが違います。どちらも非日常体験ができる場所だととらえていますが、オーベルジュはその土地の生活体験、生産地体験ができる場所。それに対して日本旅館は、その土地の文化を知り体験できる場所ではないでしょうか。 
 

villa della pace
 
―日本旅館やオーベルジュは地域においてどのような役割を担っているのでしょう?
 
土屋様:平田さんもおっしゃいましたが、日本旅館、特に私どものような料亭旅館には、生活から失われつつある日本の文化を伝えていく責任があると私は考えています。私たちのライフスタイルは急激に欧米化が進み、残念ながらたくさんのものが失われてしまいました。それでもまだ、日本の文化に触れた時にそのよさを素直に受け入れられる、日本人のDNAがあります。そのことを忘れずに、文化を守って次の世代へと継承し、そして広く発信していけるのが料亭旅館です。
 

金城樓
 
金沢には、京都とも東京とも異なる文化があります。「金城樓」が守りたいのは、そんな北陸・加賀の文化です。室内の設えに金沢伝統の赤い壁「朱壁」や富山県の工芸品「井波彫刻」の欄間(らんま)を使い、能登ヒバや地元酒蔵の発酵技術を活用したアメニティを揃えているのも、文化継承に大切だと考えているから。宿泊されるお客様は、主に県外や外国からいらっしゃいますが、加賀文化がお客様の心の琴線に触れて、興味をもってもらえればありがたいですね。
 

金城樓
 
平田様:私の店は宿泊施設が必要な場所にありオーベルジュ開業に至りましたが、もともとはレストランです。レストランとして地域と交流を重ねてきた中で感じたのが、自然が失われていく危機感でした。能登は縄文の時代から人が住んで、人の手が入ることで自然が守られてきた土地です。でも今、能登の人口はどんどん減っていて、私が魅了された豊かな自然の存続が危うくなっています。レストランは、人を呼ぶことができますし、地元の第一次産業と密接につながっています。地元の人と思いを共有して、自然を守っていくこと。それが私のレストラン、オーベルジュの役割ではないかと考えており、野菜のサブスク購入などを始めながら、農家の方々とWin-Winになれる持続可能な未来を模索しています。
 

villa della pace
 
土屋様:金沢でも料亭旅館のような場所は減ってきています。なんとしてでも残していかなければという気持ちです。
それにしても平田さんと私は大きく違いますね。私は先祖代々受け継がれてきたものを大切に守って引き継いでいく。それに対して平田さんはゼロから自分で作り上げていくのだから、すごいです。
 

villa della pace
 
―時代やお客様の変化にどのように対応されていますか?また変えていないところは?
 
土屋様:以前は関西や中京圏のお客様が多かったのですが、北陸新幹線の開業によって首都圏や海外のお客様がグッと増えました。でも、お客様の変化に対応して何かを大きく変えたということはありません。もちろん必要に応じたマイナーチェンジはしていますが、父や祖父母が行っていたこと、常々言っていたことを続けて、守るべきものは守る。それは「金城樓」の料理であり、設えであり、おもてなしであり、イメージです。今後も変えることはないでしょう。
 

 
平田様:私の店のような、歴史が浅い小さな店は、逆に柔軟に変化していくことがブランディングになると考えています。変化のタイミングや方向を見極める目を養っていかなければ生き残れないでしょう。レストランからオーベルジュにリニューアルして、お客様は大きく変わりました。目の前の料理だけに集中する方は減って、過ごす時間を大切にする方が増えたんです。ですから、私たちはあくまでお客様の時間のサポートに徹し、料理もサービスも人が介入し過ぎないことを心がけています。
 

 
平田様:能登は金沢のような伝統や歴史が息づく土地とは少し趣きが異なるので、私には海外からの観光客を積極的に取り込んでいこうという意識はまだありませんが、土屋さんはどのように対応されていますか?
 
土屋様:海外からいらしたお客様も、以前に比べると格段に和食への理解が深まっていますね。お箸の持ち方、魚の食べ方といった作法もよくご存じで、世界各地で和食が親しまれている証でしょう。そのような方々にぜひとも加賀料理を知っていただきたいので、海藻やナマコのような海外では馴染みのない食材も遠慮なく使っています。これが当地の食文化なのですから。
 

 
土屋様:ただ、何も変えないとはいえ、その変えない部分を支えてくためにどうしても変えざるを得ない面も出てきます。経営の面からいえば、人手不足とそれに伴う効率化は喫緊の課題であり、私どもの店でもIT化をはじめ様々な取り組みを行っています。でもそれはあくまでバックヤードの話。お客様から見えるところはやっぱり変えちゃいけないと考えています。
 

金城樓
 
―今後取り組んでいきたいことは?
 
土屋様:日本人、加賀の人が大切にしてきた文化や料理をより多くの方に知ってもらえるよう発信していくこと。これは私だけでなく、料亭の文化を継承している人たちはみな思っているでしょう。料理の味だけでなく器、設え、おもてなしが一体となって料亭という業態が形成され、たくさんの店が互いに切磋琢磨し、連携しながら文化は発展してきました。「これでいいや」ではなく「もっといいもの」という意識でブラッシュアップしながら、料亭旅館「金城樓」の火を絶やさず次世代へと引き継いでいきたいと思います。
 

金城樓
 
平田様:守るべきものと変えていかなければいけないもの、そのどちらもあることをこの対談を通じて改めて認識できました。環境を大切にするという目的を生産者の皆さんと共有して、お互いの仕事が長く続けられるようにしたい。そのために、美味しい料理を作ることと自然を守ることを結びつける仕組みを、しっかりとしたものとして構築していきたいです。
 

 
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【土屋 兵衛氏プロフィール】
金城樓
代表取締役社長
 

 
1975年生まれ、石川県出身。
日本の様式美あふれる格調高い設え、百万石文化の贅と粋を包み込んだ伝統の加賀料理、心のこもったおもてなしでお客様を迎える明治23年創業の「金城樓」。金沢を代表するこの料亭旅館の五代目として生まれ、明治大学を卒業後、東京銀座のフランス料理店「シェ・イノ」、日本料理店「東京吉兆 西洋銀座店」で修行に励む。2003年「株式会社金城樓」に入社、2006年専務取締役に就任し、2012年より現職。「ミシュランガイド北陸2021 特別版」にて北陸エリア唯一の5パビリオン(5つ星旅館)を獲得。
 
■金城樓
〒920-0911
石川県金沢市橋場町2-23
11:00~21:00(最終入店19:30)
※無休
https://www.kinjohro.co.jp/
 
【平田 明珠氏プロフィール】
villa della pace
オーナーシェフ
 

 
1986年生まれ、東京都出身。
明治大学を卒業後、都内のイタリア料理店で修業。食材を探しに訪れた能登に魅了され、2016年、石川県七尾市へ移住し9月に「villa della pace」をオープン。2020年10月、七尾市中島町にある旧塩津海水浴場跡地に宿泊施設を備えたオーベルジュとしてリニューアルオープン。能登の美しい自然と一体となった料理ともてなしで注目を集めている。「ミシュランガイド北陸2021 特別版」にて一つ星、ミシュラングリーンスターを獲得。
 
主な受賞歴
RED U-35 2017 シルバーエッグ
RED U-35 2018 ブロンズエッグ
Barilla Pasta World Championship 2018日本代表
Gault & Millau 2020 14/20点
Gault & Millau 2021 14.5/20点
 
■villa della pace
〒929-2234
石川県七尾市中島町塩津乙は部26-1
12:00~/18:00~
※水・木曜日定休(9月から火・水・木曜日定休)
http://villadellapace-nanao.com/