English

【ひしほがたり】第十三話:西洋の食材や調理法が日本料理に吹き込む新風

 
―現代では食材も調理法もボーダーレス化が進んでいますが、野村さんは精進料理に西洋食材を取り入れることをどのようにお考えですか?
 
野村様:トマトやアボカドなど、もともとは西洋食材であっても受け入れられて日本料理の定番食材になったものがあります。日本の食文化はなんでも上手に取り入れる柔軟性がありますね。精進料理には「こういうものだろう」という固まったイメージがありますが、僕はそれを取り払って、ワクワクするような華やかさや楽しさのある料理を提供したいと思っています。目指しているのは、精進料理ではあるけれどコテコテの精進料理ではないもの。「匠の皿」のメニューに使ったバターナッツのような西洋の食材は、僕の料理の可能性や料理の幅を広げる存在です。海外で、その土地の食材で料理をする機会も多いのですが、野菜が主体の精進料理は意外と国を選ばないんですよ。「日本でこの食材を使ってみよう」とメニュー開発のヒントになることも多々あります。ただし、口にした時に「日本料理じゃない」と思われるような料理にはしたくありません。あくまで着地点は日本料理として、バランスをとるようにしています。
 

 
そもそも、食材は毎日全く同じコンディションのものが手に入るわけではありませんよね。食材と料理の間にいて、食材を活かして一定のクオリティの料理をつくるのが料理人の務め。海外でいつもと違う野菜と対峙しても、調理法や切り方を変えて目指す料理に仕立てればよいのです。そのような気持ちで臨むべきだということは、店のスタッフにも常々伝えています。
 
―一方ジャンルレスな料理を追求されている天田さんにとって、日本料理とはどのような存在ですか?
 
天田様:日本料理は、日本人の心、感性、歴史、文化、四季や風景までも具現化した料理で、五感で味わいながら食べるもの。教科書に書いてあるようなテクニックやセオリーではなく、日本で生まれ育ってきたことで得た食体験から表現される料理だと思っています。
僕は、フランス料理のお店で経験を積んできたとはいえ、生まれも育ちも日本です。そんな僕がつくる料理だから、フランス料理、日本料理、と固定概念でジャンルを分けるような意識はありません。「こうじゃないといけない」と思うのではなく、これまでの経験を活かし、フランス料理からも日本料理からもインスピレーションを得て、ジャンルにこだわらず、その料理にふさわしい食材や調理法をチョイスして取り入れています。「匠の皿」のレシピでいうと、肉の臭みを和らげるジュニパーベリー、大葉のフレーバーオイルといった食材、食材の香りを移すアンフェゼという技法がそれに該当するものです。
 

 

 
―海外からのお客様も戻りつつあります。このような状況において日本料理が守っていかなければいけないものとは何でしょう?
 
天田様:野村さんがおっしゃったように、日本の食文化は新しいものをうまく取り入れてきましたし、世界各国の料理が楽しめるのも日本の独自性だと思います。ただ、お寿司や天ぷら、うどん、そばなど、外国人にも人気の歴史ある日本料理には、それぞれに背景があります。外国から訪れた方にも親しみやすいようにアレンジした「日本料理を知る入口となる店」と、そこで美味しく思った人にさらに料理の歴史や背景までもしっかりと伝えられる「日本料理の伝統を守る店」。この2種類の店のバランスが保たれることが大切なのではないかと思います。
 
野村様:精進料理は西洋野菜を取り入れやすく、海外の方も食べ慣れている食材が使われていると安心感が得られるとは思いますが、海外のニーズに無理に迎合する必要はないと思います。海外からのお客様は日本のものを食べたいと思って来店されるので、季節の移ろいや伝統文化、器など、料理に反映されている日本らしさを伝えた方が喜ばれます。
 

 
天田様:自分たちが自信をもって美味しいと思えるものを出すことが大切なのでしょう。僕が日本人だからかもしれませんが、海外から日本に戻ると、ごはんと味噌汁と漬物だけでも、なんて美味しいのだろうと思うんですよ。日本はどこで何を食べても美味しい国。そんな日本の独自性を楽しんでいただきたいです。
 
野村様:日本は不味いものを探す方が難しいくらいですよ。
自分でも考えますし、仲間の料理人ともよく話しているのですが、そもそも何が日本料理かという定義づけが最近は難しくなってきていますね。僕は海外の方向けのフルオーダーの料理教室を開いていて、日本料理を勉強したいというプロの料理人も多く参加されるのですが、皆さん醤油を使うレシピにとても興味をもっています。彼らのイメージからすると、日本料理=醤油の味。醤油は世界共通の「美味しさを感じる調味料」になっています。例え西洋食材に合わせたとしても、醤油の役割は変わらないでしょう。
 
天田様:僕の中で、醤油は一つのエッセンス。例えば、フランス料理だったらビネガーやバター、塩、北欧ならガルムという肉醤や魚醤と同じような味を調える存在ですが、僕はジャンルに関わらず料理に何かが足りない時に醤油を使います。本当に万能調味料ですね。
 

 
―今後どのようなことにチャレンジしていきたいとお考えですか?
 
野村様:脈々と受け継がれてきたお寺の精進料理に、変化はあまり求められません。だから、精進料理にはイノベーションが起こりにくかったと考えています。僕はそんな精進料理の新たな可能性に挑戦してみたいと思って店を始めました。飲食産業に限りませんが、これからの日本は国内需要だけでは厳しいでしょう。海外からのお客様が日本らしさを求めてやってくるのに対し、どう応えていくかがカギになります。
世界的な食の潮流でいうと、プラントベースは1つの大きな流れですが、日本はビーガンやベジタリアンの方たちのニーズに十分応えているとはいえません。今後どのお店でも対応が必要になってくると思いますが、そのような部分は精進料理が得意とするところ。だから僕はその先駆者という役割を担っていきたいと考えています。
 
天田様:僕の実家が営む店は都会でも田舎でもない土地にあるため、大きなインバウンド需要が期待できるわけではありません。だからといって自分の故郷が衰退していくのを黙って見ているわけにはいきませんから、20年30年かけても、料理を食べるためにわざわざその土地を訪れるような価値のある店に変えていきたいです。少人数で泊まれるオーベルジュに改装すれば、観光しようと考える人も増えて、周辺エリアに活気が戻ったり、土地の文化を後世に残していけたりするのではないかと考え、今から準備を進めています。
 

 
 
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
 
【野村 大輔氏プロフィール】
Shojin 宗胡
オーナーシェフ
 

 
1973年生まれ、東京都出身。
東京都港区愛宕の「精進料理 醍醐」を営む家族の長男として生まれる。「醍醐」の三代目料理長としてキャリアを積み、2008年より継続して「ミシュランガイド」2つ星を獲得した。2015年に独立し、「Shojin宗胡」をオープン。伝統的な料理をベースに、現代の感性を取り入れた精進料理を提供する他、日本料理や精進料理の教育、啓蒙活動にも積極的に取り組み、国内外で活動の場を広げている。
 
■Shojin 宗胡
 

 
〒106-0032
東京都港区六本木6-1-8 六本木グリーンビル3F
11:30~15:00(L.O.14:00)
17:30~23:00(L.O.21:30)
※日曜・祝日定休
https://www.sougo.tokyo/index.html
 
 
【天田 竜聖氏プロフィール】
天武
料理長
 

 
1997年生まれ、群馬県出身。
群馬県伊勢崎市の「天武」の四代目として生まれる。「エコール 辻 東京」を卒業後、株式会社ひらまつに入社し「THE HIRAMATSU HOTELS&RESORTS 熱海」に配属となる。その後、「レストラン フロリレージュ」を経て、現在は創業100年を迎える「天武」に勤務。自身の料理では、様々な国・ジャンルの要素を取り入れた「日本人がつくる自由な創作料理」を追求している。
 
主な受賞歴
RED U-35 2022 ブロンズエッグ
 
■天武
 

 
〒370-0124
群馬県伊勢崎市境771-2
11:30~14:00
17:00~23:00(L.O.22:00)
※火曜定休
http://www.amabu.jp/