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【ひしほがたり】第四話:いよいよ2020年、インバウンドを考える

 
― 訪日観光客数は年々増加傾向にあり、政府は2030年に6,000万人まで増やすことを目標*にしています。その観光立国における重要なピースが、日本ならではの“食”。食の最前線でご活躍されているお二人は、「インバウンド」の現状についてどのように感じていますか?
*出典:観光庁ホームページ「明日の日本を支える観光ビジョン」
長島様:羽田空港と成田空港という“日本の玄関口”で、海外からのお客様をおもてなしするなかで感じるのは、日本料理の良さをとてもよく理解されるということです。天麩羅、蕎麦といったポピュラーな日本料理を好むだけでなく、旬の食材そのものの繊細なおいしさも高く評価されます。ただ、海外仕様の「ひと工夫」は欠かせません。例えば、日本料理では使うことが珍しいにんにくやスパイスをアクセントに加えたり、だしの旨味をしっかり感じていただけるよう塩味を濃くしたりなど。海外の嗜好に合わせた柔軟かつ的確な調理技術が、インバウンド時代を生きる料理人に求められると思います。
 

 
井上様:長島さんのおっしゃるとおり、海外の方に喜んでいただくための工夫は必要ですね。私の場合だと、料理に関する「具体的な説明」を心がけています。当店を利用される訪日観光客の皆さんは、中国料理のみならず食分野全般に造詣が深く、好奇心も旺盛。また、料理の背景にある「ストーリー」を重要視されています。私自身、心底惚れ込む国産食材を活かした中国料理への思いを話せることはとてもうれしいですし、そうした訪日観光客の「探究心」に応えるシーンは今後増えていくのではないでしょうか。
 
― 訪日観光客に日本ならではの食体験の提供するうえで、伝統調味料である醤油はどのような存在でしょうか?
 
長島様:「日本料理を日本料理たらしめる」、そんな力が醤油の芳醇な香りにはあります。肉じゃが、ウナギの蒲焼き、サザエのつぼ焼きなど、火を入れることで醸される香りは、海外のお客様も一様に食欲をそそられるはずです。
 

 
井上様:中国料理においても、醤油は料理の出来を左右する重要な調味料です。チャーハンや炒め物には、鍋肌に注いで醸し出す醤油の香ばしさがないとやはり物足りない。かといって、風味が強すぎれば食材の持ち味が伝わりにくくなる。その点、ヤマサ醤油の香りにはやわらかさがあり、さりげなく料理のおいしさを引き上げる印象です。
 

 
長島様:私も長年愛用しているため、関東の煮物はヤマサ醤油以外では味が締まりません。それだけ醤油は料理に大きな影響を与える調味料ということ。日本には濃口醤油や淡口醤油、たまり醤油など、個性豊かな醤油があります。地域に根づいた醤油が彩る食文化も、訪日観光客の興味関心を刺激する魅力になり得るでしょう。
 
― お二人は日本料理と中国料理に息づくどのような要素を訪日観光客に伝えたいと考えていますか?
 
井上様:日本には良質な食材づくりに励んでいる生産者がたくさんいます。料理人としては、信念を持ち食産業の川上を担う方々にもスポットライトをあててほしい。その一助となるよう、本格的な中華料理に姿を変えた食材のおいしさを発信しています。
 

 
長島様:食材や水のおいしさは、海外のお客様も驚いていますね。私としては日本料理の繊細さを体感してほしいです。日本人ならではの細やかな手仕事がつくり上げる世界感を、もっと多くの訪日観光客の皆さんに知っていただきたいです。
 
井上様:私も日本人特有の繊細さは、世界的な「食の勢力図」を変えるポテンシャルを秘めていると信じています。各国大使館の料理人は現地出身者が務めるのが一般的と聞きますが、繊細な感覚を活かして日本人が中国大使館で腕を振るう日が来るかもしれない。異国の料理であっても、日本に生まれた者だからこそ切り拓ける境地はあるはずです。
 
― 世界的なイベントが開催される2020年、その先の観光立国が実現されるであろう未来を前に、訪日観光客に対して料理人はどのような心構えで臨むべきでしょうか?
 
長島様:特別構える必要はないでしょう。普段どおり、誠心誠意料理に取り組むのが一番です。
 
井上様:同感です。特別なイベントの時だけ背伸びしても仕方がないと思います。日々努力してきた成果を発揮するだけですね。
 
長島様:言葉についても同じこと。必要な説明ができる程度の会話スキルで、訪日観光客の皆さんと十分通じ合えている実感があります。料理人としては、海外からのお客様と一緒にその時間を楽しむぐらいの余裕は常に持つべきですね。
 

 
井上様:数多ある飲食店のなかから当店を選んでいただいた“縁”は大切にしたいです。国籍に関わらず、お客様を最高の料理で喜ばせたいという思いで臨んでいます。ひとりの料理人として、その心がけは10年後も20年後もぶれることはありません。
 
長島様:人も料理も、予期せぬ出会いにこそ発見があります。こうして井上さんとお話ししていても、異なる料理分野の方との交流は非常に有意義だとあらためて思いました。ぜひ料理人の皆さんには交流を通じて得たヒントをメニュー開発に活かし、切磋琢磨しながら日本の料理界をさらに盛り上げていただきたいです。
 
井上様:名匠である長島さんの意見をお伺いして、私が信じてきた考えが確信に変わりました。この自信を胸に、2020年、そしてその先も私らしい料理で、訪日観光客の皆さんに特別な思い出を届けていきます。
 
 
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【長島 博氏プロフィール】
東京エアポートレストラン 取締役 総料理長
 

 
1946年、横浜市生まれ。
1990年に築地本願寺「日本料理紫水」取締役料理長、2009年に専務取締役総料理長に就任。
2015年より東京エアポートレストラン株式会社取締役総料理長に就任。
2013年「黄綬褒章」受章。2016年クールジャパン・アンバサダーに就任。2019年「旭日双光章」受章。
 
その他受賞歴
2001年 厚生労働大臣表彰(調理技術などの発展に顕著な功績)
2003年「江戸の名工」受賞(東京都優秀技能者賞)
2008年「現代の名工」受賞(厚生労働大臣表彰)
 
■東京エアポートレストラン株式会社
〒144-004
東京都大田区羽田空港3丁目3番2号
和、洋、中、約50店舗運営
 
■Hitoshinaya
 

 
羽田空港 第1旅客ターミナル2F ターミナルロビー(北)50
営業時間   5:30~20:00
あさごはん  5:30~20:00(L.O.19:30) 
どんぶり    10:30~19:30(L.O.19:00)
らーめん    10:30~19:30(L.O.19:00)
http://www.airport-restaurant.co.jp/restaurant/
 
 
【井上 和豊氏プロフィール】
スーツァンレストラン陳 料理長
 

 
1981年生まれ 秋田県出身。
2001年盛岡調理師専門学校卒業後、四川飯店に入社。渋谷店に配属され、オープンから渋谷店を支えている。
入社して2年という速さで青年調理士のコンクールのデザート部門で銅賞を受賞。
2017年9月よりスーツァンレストラン陳 料理長に就任。
 
主な受賞歴
2004年 青年調理士コンクール熱菜・魚介部門 金賞・農林水産大臣賞
2015年 RED U-35 2015 シルバーエッグ
2016年 RED U-35 2016 レッドエッグ
2016年 青年調理士コンクール熱菜・蓄禽部門 金賞・農林水産大臣賞
 
■szechwan restaurant 陳(スーツァンレストラン陳)
 

 
〒150-0031
東京都渋谷区桜丘町26-1 セルリアンタワー東急ホテル2F
11:30~14:00
17:30~23:00(L.O.21:30)
※年中無休
http://www.srchen.jp/