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【ひしほがたり】第三話:江戸前のこれから

 
―今回は割烹料理・天麩羅という江戸前の代表料理を極めるお二人にお越しいただきました。「江戸前のこれから」をテーマにお話しをお伺いしたいのですが、まず「江戸前」について教えてください。
 
橋本様:江戸前で肝心なことは、旨味と醤油のバランスですね。象徴的な味付けは「甘辛」。醤油と砂糖、そして素材が調和した味わいは、日本人であれば心落ち着きますよね。
 
江口様:皆さんが江戸料理として思い浮かぶのは、寿司や天麩羅、蕎麦でないでしょうか。食材という視点では、天麩羅だと穴子や海老などが江戸前の代表として好まれています。
 

 
橋本様:たしかに江戸料理において穴子は外せません。やはり冬にかけて江戸前で捕れる穴子は格別ですね。また、江戸料理は歴史を辿りながら楽しめる領域でもあります。私の店だと、江戸時代の歴史小説を読みながら「当時の人はこういう料理を食べていたんだな」と思いを馳せつつ料理を味わうお客様もいらっしゃいます。
 
―「江戸前らしさ」として醤油を効かせた甘辛い味付けが挙がりましたが、江戸料理と醤油はどのような関係でしょうか?
 

 
江口様:ほぼすべての江戸料理に醤油は使われていると思います。天つゆは江戸時代から受け継がれているものですし、天麩羅の山海の素材の持ち味を醤油の旨味と香りが引き出します。本当に理にかなった醤油の使い方ですね。
 
橋本様:醤油なくして江戸料理は語れないです。江戸料理と醤油は深く結び付いているので、醤油選びはとても重要。理想とする江戸料理を提供し続けるため、私は長年にわたりヤマサ醤油を使っています。
 

 
江口様:私も父の代からヤマサ醤油を愛用していたので、料理人としての下地はヤマサ醤油ありきの味付けで構築されています。ヤマサ醤油は旨味と塩味と香りのトータルバランスが良いです。異なる醤油の銘柄を使うと料理の仕上がりはがらりと変わってしまうだけに、つくづく醤油の世界は奥深いと感じますね。
 
―お二人の共通点として「海外での料理経験」があります。日本から離れた環境での江戸料理づくりはいかがでしたか?
 
橋本様:私が駐独日本大使公邸料理長として海を渡った1993年は、現地で日本の調味料を調達するのも一苦労だった時代。まだ日本食の知名度が低かったので、ドイツの方々は寿司を提供すると、4人で卓上醤油を1本使い切るほど寿司に付けて食べていました(笑)。それほどはっきりとした味付けを好む国民性だったということですね。その分、すき焼きや焼鳥などの濃い味付けの日本食は人気でした。
 
江口様:海外での江戸料理づくりの先駆者である橋本さんのチャレンジ精神には感服します。私が在スロバキア日本国大使館で公邸料理人を務めたのは6年ほど前。隣国であるオーストリアのノイジードラー湖で捕れるウナギを、蒲焼きにして公邸会食で提供したところ大好評だったことが印象深いですね。江戸前の甘辛い味付けが世界にも通用すると実感できました。
 

 
橋本様:手探りの挑戦だったからこそ、海外での経験は料理人人生における貴重な財産になっています。私の店では江戸料理に合うアルコールとしてワインを取り揃えています。ドイツでは食中酒としてワインが親しまれていたため、ワインとの相性を考えながら料理に励んだ経験が活かされています。
 
―来たる2020年、東京は世界的イベントの開催を迎えます。世界中から多くの人が訪れる絶好の機会に、江戸前の魅力を伝えていくにはどうすべきでしょうか?
 
橋本様:やはり江戸前らしい食材を使うことが、海外の方にとっては分かりやすいでしょう。近年は東京湾や近郊の川の水質改善が進み、生息する魚の種類も増えているみたいですね。これは江戸前で捕れる食材を使い、伝統の調理方法で仕立てる『真の江戸前』を復活させるうえでも大きな一歩と言えます。
 

 
江口様:橋本さんのおっしゃるとおり、江戸前の漁場復活は江戸前に携わる全料理人の願いではないでしょうか。江戸料理の本流を受け継いでいくためにも、漁場の水質改善に向けた取り組みがさらに増えることを期待しています。また、私自身も現代に生きる料理人として、新しい発想で今までにない江戸料理を生み出していきたいです。
 
橋本様:伝統の向こう側を目指す江口さんの心意気は頼もしい限りですね。江戸前を継承していくためには、何かしらの変革は必要不可欠。旬を尊び、素材の滋味を引き出す「江戸前の精神」が息づいていれば、斬新なエッセンスが入っていてもそれは歴とした江戸料理です。ぜひ一緒に真の江戸前の復活、そして新しい江戸前の歴史をつくっていきましょう。
 
 
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【橋本 亨氏プロフィール】
割烹とよだ 五代目
 

 
割烹とよだ 五代目
1962年生まれ 東京日本橋出身。
「浅草 田圃 草津亭」にて江戸料理の名人と謳われた故宮澤退助氏に師事。
宮中で行われる公式行事の調理奉仕にも従事。
1993年 駐独日本大使公邸料理長として渡欧。欧州各国の食文化に触れる。
帰国後、「割烹 とよだ」の五代目として包丁を握る傍ら、料理教室などの講師も務め
日本料理文化の伝承に取り組んでいる。
ヨーロッパでの体験を活かし、江戸料理とワインの融合にも積極的で
新たな江戸料理の世界を構築している。
 
■割烹とよだ
 

 
〒103-0022
東京都中央区日本橋室町1-12-3
月~土 11:30~14:30
月~金 17:00~22:00
土   17:00~21:00
※日曜・祝日定休 土曜日は不定休
https://toyodatokyo.gorp.jp/
 
 
【江口 直樹氏プロフィール】
銀座天春 店主
 

 
1979年生まれ 東京都出身。
エコール辻東京を卒業後、京都「祇園丸山」で京料理を研鑽、
家業の「懐石料理 紀仙」を継ぐ。
日本食文化を世界に広めたいと、在スロバキア日本国大使館で公邸料理人、モルディブの5ツ星リゾートホテル「soneva fushi」で料理長を経て、「銀座天春」へ。2020年11月現在、懐石料理 紀仙に所属。
 
■銀座天春
 

 
〒104-0061
東京都中央区銀座1-6-7
月~土 12:00~14:30
    18:00~23:00 (最終入店 21:30)
※日曜・祝日定休
http://ginza-tenharu.jp/