入　賞： 神野 芽生子（ジンノ・カヤウコ）　【日本】

●入賞作品について
神野：｢夢は溶けても夜明けは来る｣は金融危機の今の社会を描いております。ソフトクリームを持っている手が、アメリカンドリームといいますか、一攫千金とか、立派な家をつくりたいという。それがアイスクリームのように溶けちゃったという今の時代ですね。その背後にあるのは金融市場の存在するアメリカのウォール街に始まり、シンガポールやロンドン、上海の市場、そういうのを一切あわせて、皮肉っぽくGMのビルや、六本木の例のビルも描いてあります。
現代の錬金術師はレバレッジと記された皮袋を持ち、人の命さえファンドに変えかねない。ジャンクボンド、フェッジファンドを狙ってパソコンのキーをたたく人等、そんな現代社会の様子をこれで良いのだろうかという問いかけをメッセージとして描きました。

そしてやっぱり私は人の人智を信じたくて、人は希望を持って生きていかなければと思い、夜明けを描いたんです。ここにコウモリが飛んでいるのは、コウモリというのはヨーロッパでは悪魔の象徴ですが、東洋では縁起のよい動物ですから、それを飛ばすことによって見る人に判断を委ねたいと思いました。私の中では希望、幸運をもたらしているものとして入れてみたんですね。

●メゾチントの魅力
神野：｢生命の営み｣という作品はメゾチントの技法を使って表現をするのに一番合っている方法なんじゃないかと感じました。私は黒が好きなものですから。他の作品でも刷り上がってすぐの頃はまだインクが盛り上がって見えるんですね。時間がたつとそれが沈んでいって絵が落ち着くんですけれど、その盛り上がった状態、紙をプレス機からはずす時に、もの凄いエネルギーを感じるんですね。この世のすべて、命のすべてというものはどこからかやってくるような気がしまして。無のなかから有を生んでいく、何千億兆ってある命のなかのひとつだけを取り出して、時の経過とのたたかいから生じるエネルギーの湧出と消滅を描いてみました。

私の作品は浜口先生や長谷川潔先生のようなああいう静かな、心にしみるような世界は、自分では性格上描けないと思うし、そういうのは過去の作家の方たちがもう成功させてしまっているような気がしまして、私はメゾチントを使ってエネルギッシュで動きのある作品をつくりたいと思って、力強い表現を目指しております。

●制作にかける思い
神野：私は50歳を過ぎて町田市の版画美術館でデューラーとゴヤの作品に出会った時、もう震えるようなものすごい衝撃を受けて、この技法でならば自分の心の中でもやもやしているものを表現できるに違いないと思いまして、銅版画を始めました。

メゾチントは銅版に直接ベルソーを使って目立てという作業をして版の一番の元（原版）を作るのですが、その段階で自分の精神が安定してないとぐちゃぐちゃになります。版を削ってグラデーションをつけながら作画するのですが、なかなか削りとれず、次の刷りの作業もインクのふきとりが難しく、もの凄い大変な作業なので、その過程が私の修行のような気がしてくるんです。

自分が日々日常の中で知らず知らずのうちに犯している罪が、描いたり削ったりすることによって、浄化されるような気がします。版画制作は私にとって祈りのようなものです。制作中、自分の作品がひとりよがりではなく、何日か、何処かで、どんなかたちでも良いので、何らかの為に役立って欲しいと願います。今後も実社会で起きている色んな事象や現象、そういうことに対する思いを描くことによって、自分にも、世の中にも、訴えていけたらと思っています。

入　賞： 箕輪 千絵子（ミノワ・チエコ）　【日本】

●入賞作品について
箕輪：昔から神秘や宗教など、自分の力ではどうにもならないものへの興味がありまして、色んな世界の神話をよく読んでいたんです。そこには少しずつ共通点があり、その中に人間の普遍性というか、どうしても人間が表現してしまうものがあるのではと思うようになりました。

モチーフとして私が注目したのはこの半分獣で半分人間の獣人なのですが、色んな神話にこういった象徴するものが出てくる共通性に興味を持ち、それから形の持つ魅力というのにどんどん興味がうつっていき、それに対するフェチシズムのような感情が生まれてきたんです。一見醜い、憎悪感を抱くような形というものを、怖い、嫌だと思う面と、逆に魅力を感じ始めた面と、自分の中で相反する気持ちが出てきました。

この作品〔罪深きことは何だか知っている　－Paraphilia－〕はエジプトのミイラをモチーフになっています。はじめミイラをすごく気持ち悪いと思ってたのですが、いつの間にか魅力的に感じ始めて、いろんな人がこういう醜いものを見たときに、どこかこう受け入れて欲しいと思いながら描いています。

●日常的に何が制作のきっかけになりますか？
箕輪：一例ですが、私は性別が女で、女性というのは性別的な宿命として子供を産むという人生の大きなテーマがありますが、それを受け入れられない感情というのが幼い時からあって、それが最初のきっかけになったと思います。
それまで女性として生きてきたのに、子供を産んだ瞬間から母親という生き物になるということが、魅力的でもありながら、今までの自分ではなくなってしまうのではという恐れがあって、絵にする事によって、まず自分が受け入れられるんじゃないかという気持ちと、そういうことに何の疑問も持たないで生きている人に、ちょっと疑問を投げかけられるんじゃないかと思いついたのが初めです。

●エッチングの線の表現に対して思い入れが何かありますか？
箕輪：今までも、鉛筆やペンなど、そういう線の表現が自分は好きでずっとやってきましたが、銅版画の線というのはもっと鋭利で鋭くて、すごく細い線を描くことができます。シャープで繊細で、それでいながら強い黒が出せる点が私にとっては魅力的で、指先の神経をそのまま版に伝えることができるというか、そういう感覚がとても自分にフィットして気に入ってる技法です。

●（お客さまからの質問）人物の頭や足の部分など、全部描かないで線を途中で止めていらっしゃるのは、どういった意図がありますか？
箕輪：女性というモチーフを誰かや何かに限定したくないという意識が強いですね。髪型というのはひとつの個性だと思うんです。それを画面の上にのせたくないというか、その個性が作品を作る上ですごく邪魔になると考えているので。あと目を描かないとか、女性の顔には、自分の中でこだわりを持っています。

描ききらない理由をよく聞かれるのですが、明確なことがあるわけではなく、まず自分にとって気持ちのよい画面であることが大前提としてあるので、それを探る過程で、止まったり進んだりを繰り返しながら制作しています。

入　賞： 安田 みつえ（ヤスダ・ミツエ）　【日本】

●入賞作品について
安田：言葉で表現できないものを表現するのが絵画だと日頃思っており、的確に説明できる自信は無いのですが、簡単に言えば、その時どきの心象風景と言えるかもしれません。１つのテーマを掘り下げて制作なさる方が多いですが、私の場合、同じものは二度とやりたくないという気持ちがあります。極端に言えば、すでにこの世にある様式ではない絵をやりたいというか（笑）。ですから絵を説明するというよりは、絵を前にして感じて欲しいというのが私の願いです。

●版画の楽しさ
安田：私は以前から絵はやっていたのですが、版画を始めたのはここ6年くらいです。一番惹かれたのはやっぱり版画の遊び心です。例えば子供のころに簡単に描いた水彩の上に違う紙をペタンと押しますよね、そうすると最初に描いた紙とは違う世界が広がるという経験を皆さんなさっていると思うんですが、そういう楽しさにつながっているような気がします。あとは腐食によって、なにか自然に風化された線の景色が出現するんですよね。私は風化されたものが好きで、例えば川に流されて風化された石とか、そういうのを手に取ってみるタイプなんです。そういうことが版画制作とつながっているのでしょうか。

●版画制作は楽しい反面、苦労もあるということですが
安田：一番苦労するのはオリジナリティーです。見た事のある絵じゃないものを作りたい、どうしたらオリジナリティーをだせるかということをいつも考えているのですが、周りを見てるだけでは出せないと思いました。人はひとりひとり違いますよね。自分の内側を探っていく事で、本当のオリジナリティーが出せるのかなと。まあ、表現するということは自分自身を突き詰めていくことだと言われていますけど、私は自分以外の力も借りたいなと（笑）。例えば版画って｢あらこんなのも出てきたわ｣みたいなのがありますよね。それも含めて、オリジナリティーが出せればと思います。

●入賞されてどんなお気持ちでしたか？
安田：今回受賞された作品でも色を使った方が少なかったですが、浜口陽三という方はカラーリストでもおありになると思います。黒い画面から色が美しく滲み出てるような絵ですよね。色をとても大切になさっていて、様式は違うのですが、私も色を大切にしてるのでそこが似てるかなと。
あとは浜口さんの作品は絶妙なユーモアがあって、作りながら楽しんでいらっしゃるという雰囲気を画面を見て感じますので、そこもちょっと似ているような気がいたします。