準大賞： 小林 美佐子（コバヤシ・ミサコ）　【日本】

●制作のテーマ
小林：銅版画を制作していますが、私は銅版画だけでなく、いろいろな技法や絵画表現にとても興味があるので、一般的な銅版画表現の白黒の平らなマチエールだけでなく、色々な要素を組み込んだ作品を作っていきたいというのがわたしのテーマの一つであります。

●入賞作品について
小林：作品タイトルである〔時系列〕は時間という意味です。私の作品の全体的なテーマの中で時間はとても大きな比重を置いてます。この時間は今流れている時間でもあり、むかし経験した記憶や体験、気持ちなど全てを含めて時間という考えで制作をしています。この作品も、作っている時の進行形の自分と個人的な記憶や感情、過去経験したその時の時間を閉じ込めたいと思って作りました。

〔遊〕という作品は、止まっている時間と流れている時間を１つの画面に閉じ込めたいと考えて制作しました。西洋画より日本画の方が時間感覚＝止まっている時間、動いてる時間＝というのが明確に表れている作品が多いと思い、参考にしました。描かないところに時間が流れる…という日本人独自の文化を意識して構図を考えて作りました。屏風絵や襖絵のような、間がありながらも絵は終わらず次の画面から時間がはじまるというのを銅版画でやりたいと思って制作しました。

モチーフとして基本的に花や植物や虫は共通して描いています。よくなぜ虫なのか？と聞かれるんですが、ただ虫が好きだからかいてるわけではありません。自分の中の感情の動きがあったとき、怒ったり興奮しているときに胸の中に虫が溜まっている、動いている感覚が昔からあったので、そういう気持ちを表現しやすいし構図が浮かびやすいので使っています。花というのも、有機的なもので工業製品には無い、朽ちてしまう、腐ってしまう、そういうものにとても惹かれるので使っています。

●カタログのコメントには｢銅版画は私の心のイメージを素直にあらわしてくれる技法｣とありますね
小林：紙に描いたり、油絵を描くなどの表現方法もありますが、銅版画という技法に私が強く惹かれるのは、直接描く以外に腐食液につけて腐食するという行為の中で思いがけない効果や表現が生まれるというところです。自分の中にあるモヤモヤしたものや、よく分からないけれども目の前の形として表したいものを、銅板を腐食し、銅板がへこむ過程でレリーフとして版に表れる感覚が、無意識に自分の気持ちが表れていると感じます。

入賞： 鈴木 朝潮（スズキ・トモミ）　【日本】

●一般的な版画表現、版とは何か
鈴木：今日はこの版の実物を持ってきました。銅板の版って触ったこと無い人が意外に多いので是非どうぞ触ってください。結構ザラザラしてるでしょ。（作品にかざして）こうするとわかりますが版画なのでひっくり返しになってます。裏返して刷ります。裏側はビニールの壁紙が貼ってあります。（ななめに表面を見る）ちょっとデコボコがありますよね？これは裏表使っているんです。銅版が高いので以前の作品の裏を使ってリバーシブル…こういうことをすると著名な作家の先生は新しいのを買えと怒るんですが、僕の場合はむしろ面白いものができる。表の制作中に偶然つく裏面の傷や汚れがけっこう面白いので僕はよく両面使います。

この美術館では浜口さんの作品と版を併せて展示していますが、これは珍しいことですね。だいたい作家は版を見せるのを嫌がる人が非常に多いです。
僕は7,8年前から版画工房で版画をはじめました。それまで版画というのはまったくやったことがなくて、面白いので隣の人の版を見ようとすると露骨に嫌がられます。なぜかというと作品が手品で版がタネみたいなもので、作家が10人いれば10通りの秘密がある。皆さん版に秘密があるので嫌がるのかなと思います。

日本人は小学校で木版や芋版はやるので凸版はわかる。つまり、でっぱっているところにインクがついてそれを紙でとる。ところが銅版画のような凹版はなんでへこんでいるのに絵柄がうつるのか？さっき触ってもらった版のザラザラしたデコボコのへこみ部分にインクを詰めます。でっぱり部分は寒冷紗（カンレイシャ）という硬いガーゼでおおまかにふき取って、最後にロール紙や手の甲を使います。
僕の場合は土佐の楮紙なので圧力は比較的弱めの800キロ。普通は1000～1200キロの圧力をかけて刷ったものが凹版の手法です。
僕は写真製版という、写真を使って版を作っているのでたまに『これは写真だから、こんなものは版画じゃないよ。作るのは簡単だろう』と言う人もいます。ところが結構高度なテクニックを駆使して写真を撮っています。

●（お客さまより質問）パソコン処理をした画像を版にする際はどのようにしているのですか？
鈴木：画像を透明のフィルムもしくはトレーシングペーパーに白黒コピーします。銅版には紫外線が当たると固まる感光液をぬっておきます。これにトレーシングペーパーを重ねて上から紫外線をあてます。紫外線を通す白地は固まり、通さない黒地は固着しません。あとから現像液で流すとグランドと同じになるので、塩化第二鉄で腐食させて版をつくります。
実は、腐食後の版はお醤油で洗う事はご存知ですか？作家以外には信じてもらえない話だけど本当です。銅版画家はお醤油を使いますから公募展の賞品にお醤油があると喜びますよ。

●今後はどんな活動をされていきますか？
鈴木：最近はデジタル版画に興味があり、知人とデジタルアート協会をつくりました。デジタル版画も写真製版と同じで誤解されている方もたくさんいるので、芸術作品として存在すると伝えている最中です。

入賞： 金 昭希（キム・ソヒ）　【韓国】

●入賞作品について
金：私は通り過ぎやすい日常のイメージを新鮮な視覚と感性を通じて再解釈して楽しむ方法を提案しようと思っています。作品を通じて、人ごみに紛れて生活している現代人に、日常を機知で受け入れる方法を提案したいと思います。

〔A crazy bus〕という作品は、韓国のバスは運転が乱暴な方が多く、満員バスの時は波のように人の揺れ動く勢いに巻き込まれるんですよね。毎日出勤や通学するので、乗らないわけにはいかない、避けられないなら楽しめ、という気持ちでこの作品を制作しました。作品の中の黒いけむりみたいなのは、人から出てる体臭だとか、熱気とか、服から出るホコリのような感覚にしようと、ひとつひとつ短い線でずうっと描いたものなんです。揺れ動くバスはタンスの引き出しに比喩して、ユーモアな感覚を持って表現しました。

〔Slavery〕という、この作品はコメント必要ないと思います。見たらすぐ分かると思いますので、じっくり鑑賞していただけたらと思います。

こちらの作品〔Elevator〕は、日本に来てから覚えた単語で「缶詰状態」っていうのがありまして、人がいっぱいのっているエレベーターの、その他人と密封された空間にいるとても気まずい状態がまさに缶詰状態じゃないかなと思い、エレベーターを缶詰にしてみました。
こういうふうに私の作品は、厳しい日常を生きる現代人に贈るエールという、そんなテーマでいつもやっております。

●このようなテーマをもったきっかけは？
金：社会的なテーマをもったのは大学４年生の時で、それまでは自分の好きなものだけを描いてました。でもそれでいいのかと、好きなものを描くなら作家じゃなくたって誰でも、家でできるんじゃないかと思い、それから社会のなかでの作家の役割っていうのを意識し始めました。ですが社会を批判する視点だけじゃなくて、そこから肯定の力、笑えるユーモアという、人間の持っている精神的な力っていうのを見せたいなと思い、批判の視点と一緒にユーモアの余裕を持って作品を作っています。

●作風は全く違いますが、日常の風景を独自のユーモアを加えて再解釈するという点でコンセプトやテーマ性が共通していると感じたのが大賞を受賞された林さんですが、同じ出身国で、同年代の作家ということで、何か共感する部分はありますか？
金：二人ともひねくれてるんだと思います（笑）。ふたりの共通点といったら多分その性格かなって。韓国で皆がこうゆう作品を作ってるわけではないので、偶然こういう二人がぴったりあってしまったという（笑）。

●なぜ大学卒業の後、版画を学ぶ場として日本を選びましたか？
金：日本は韓国に比べて全然作家の層が厚いです。ですから自分が学べる作家さんが沢山いて、いい作品がいっぱい見られる国。さらに自分が学んできた韓国の教授も日本で学んできた方が沢山いるので、版画をもっとやりたいと考えたときに自然と日本に行きたいと思うようになりました。

●今後どのように制作していきたいですか？
金：日本に留学してから自分にかけるプレッシャーが重くなって、それが作品にすごい出てる気がします。もうちょっと自分を解放してあげて、自分が余裕をもってるからこそ皆に伝わることもあるので、自由に制作できるように心がけたいと思います。