大賞： 林 智恵（イム・ジヘ） 【韓国】

●入賞作品について
林：コンセプトは一言で言うと「休息」です。この作品〔the black buffalo #2〕の場合は、ある空間に水牛が休んでいるところを表現しました。
絵の中の蓮の葉や水牛を通じて「水」を連想してもらえると思うのですが、水をあえて描かないで表現した理由は、絵を見た人が、水が無い、ということで違和感を感じて、水のイメージを頭の中で浮かべてほしいんです。それで「休息」のイメージを再認識できたらという思いで描きました。
湯船に浸かっている時など、水に浸かっているとほっとして休息の感じがするので、私は「水」を休息を象徴する媒体と考えていて、そういうコンセプトで描きました。

この絵の場合は私が作った空間をプールと見てもいいし、広場と見てもいいのですが、「休息」の空間を想像してもらいたいです。空間に水牛も休んでいるように、この絵を見てくれる人たちも、水牛のかわりに自分を入れて考えてみて、休息を感じてほしいという思いで描きました。

●制作の中で一番重要に思っていることは？
林：空間作りや造形的な部分を一番に考えています。ありふれた風景をどのように自分なりの独特な表現にするかが一番大事です。私の絵の場合は特に余白が多いですけど、余白と、他のイメージをどのようにうまくつなげ、センスのある絵にするかということを考えます。いろんな風景を見て、自分なりの空間にする作業をとても大事に思っております。

●受賞の感想
林：正直とても最初は驚きました。まだ若い新人作家でもありますし、とても大きい賞ですし、この公募展の場合は一回限りかもしれないので。また浜口陽三さんの名を掲げた公募展だったので、他の公募展よりももうちょっと嬉しかったですし（笑）、感謝しました。

●韓国と日本で作家の特徴の違いなどはありますか？
林：韓国だともうちょっと派手な作品が多いような気がします。最近はちょっと刺激的な、カラフルな作品が多かったので、そこから逆風というか、そういった作風の反対の表現をしたいなという気持ちも自分にあったかもしれないです。

●これからどのように制作していきたいですか？
林：私の頭の中にごちゃごちゃしている風景を作品に描いているのですけど、これからもいろんないい風景を感じて、いい空間といい表現にできたらいいです。

準大賞：　LIHIE TALMOR（リヒエ・タルモア）　【イスラエル・ベネズエラ】　

＜TALMORさんは表彰式とトークの為にはるばるイスラエルよりお越しいただきました。当日は浜口陽三のご親族でもある、浜口珠子様に通訳をしていただきました。本文はその訳を元にしています。＞

今日はお集まりの皆さんにお会いできてうれしいです。作品の制作にあたり、最初に自分で写真を撮影します。そこにしかない場所、その時しかなかった時間、つまり政治的、社会的な時間と場所をまず写真に写した後で、メタファを使って表現します。

この作品の、銃口を向けられたようなものの向こうに何があるのかは、観てくださる方に判断をゆだねたいと思います。この作品の暗いところは一種の閉塞状態を意味し、暗いところから明るいところに向かって行くことに、問題解決を重ね、トンネルの非常に暗いところの向こう側には、光があるのではないかということを絡めて表現しています。

場面はエルサレムのダビデ王の道と呼ばれるトンネルです。聖書の書かれた時代から存在する兵士たちの避難路で、下には水が流れていて、本当に攻められた時には水位をあげて敵を阻止する防衛設備なのですが、この場所に行ったことがある人は写真を見ることによって、水の中を歩いて進んだり、石壁を少しずつ手探りで明かりのないところを歩いてゆく、という記憶を思い出します。

この場が貴重なのは、聖書の中に登場する場であるということです。聖書はただのお話と思いがちですが、この空間に来ることによって、自分がその聖書の時代に生きた人たちの感覚を思い出すことができます。私がこの空間に込めているのはそのような記憶であり歴史ではありません。複数の記憶、いくつかの時代の記憶をひとつの記憶としてまとめて表現しています。

写真を加工したこの作品によって表現したことは自分のもつ不安です。これは「偵察する前のトラック」というタイトルですが、実際にこの洞窟を手探りで歩いて行くと、自分の後ろから誰かついて来る。その人は自分と自分の向こうにある暗い闇を見ながらついて来ます。その人の足音がきこえてくるその同じ空間を自分も歩いてゆく、その不安を感じ取っていただければと思います。
不安だけでなく神秘を感じ取ってもらえたらと思います。

写真は撮り方によって、どんな大きさなのか、穴に見えるのか、突き出して見えるのか、人によって見え方が違います。それは人によってその作品を自分なりに翻訳しているという経験だと思います。その意味では自分なりのこの空間を、大きい空間なのか小さい空間なのか、ご自身で感じてもらいたいと思います。

さらにこの空間は、二つの相反するものをひとつにまとめています。乾いている空間と湿度のある空間、建築につかう機械的な人工的なものと、天然のものの肌合い、柔らかさやもろさと固さ、光と闇、これらがひとつに溶け合っているところを観ていただきたいと思います。

私の作品は全体に闇があるので暗い作品と思われるかもしれませんが、その中に私は希望を見出しています。非常に困難な現実の中で、私は絶望しているのではなく希望をもっていて、それをアイロニーという形で表現しています。

入賞： 濱田 富貴（ハマダ・フキ）　【日本】

●入賞作品について
濱田：近年植物の形態をモチーフに制作しています。大きなテーマとしては「境界」です。境界というのは生と死の境界という意味なのですが、その生でもなく死でもなくちょうど真ん中の、その境界線というものの移り変わるほんの少しの時間を、自分のなかで表現したいと思って制作を続けています。

植物がテーマになったその経緯は、お花を頂く機会が多くて、最初はほんとに瑞々しく美しい花が、ある日、突然茶色くなって皺がよって、その「あ、枯れ始めた」って思った瞬間が、とてつもなく切なくて、老化するものというのと、時間の経過というのがそれから自分の中で重要なファクターとなり、枯れ始めた植物、もしくは完全に枯れてしまった植物、そういったものをとにかく描写してみようと思いました。

この作品に描かれている皺は、モチーフにある皺とまったく同じものなんです。この作品のモチーフは実はバラの花びらなんですけれど、花びらの葉脈が透き通るくらいのライトをあてて、それをこの大きさまで目検討で引き延ばしていくという作業の繰り返しなんですね。だから途中で気が狂ってしまうわ！と思うこともあるんですけど、ただやっぱりそういった自分の極限状態まで追い込んで描いていった線は、ちょっと大げさな言い方ですけれど、人生の航路といいますか、道筋のような痕跡を残しているような気持ちになってくるんです。
この作品は、生きたものがその場にいたことと、その生き物である皮膚感覚と、それに伴う湿度というものを、自分の中ではかなり重要視して作りました。

●今後どのように制作していきたいですか？
濱田：わざわざお金をかけて自分の好きなことをやってる以上は絶対自分が納得するまで作品に関わっていきたいですし、やっぱり妥協はしたくないですね。こういう仕事っていうのは続けないと見えてこないものが多すぎて、今日明日どうこうなるというわけではないですし、いつも１０年２０年先を自分では見据えてるつもりでやっています。人生がいつ終わるかわからないですけれど、そうなって後ろを振り向いたときに、ああこういう道を辿ってきたんだ、という一本の線がみえたらどんなに幸せだろうなとは思います。

入賞： 榎 真弓（エノキ・マユミ）　【日本】

●入賞作品について
榎：すごく個人的な事ですが、飼っていた犬が死んでしまい、庭に埋めたんです。そしたら土まんじゅうができて、だんだん腐っていくと、どんどん土まんじゅうがへこんできて。それが冬だったんです。そのうち春になり、土まんじゅうの上の八重桜が咲き初めました。そういうことにリアリティを感じています。
この作品のタイトルは「胚の直感」というんですが、例えば今話したように動物が死んで何かに分解されてそれが植物になったり、それから植物になったものがまた動物に帰っていったりという、そういう大きいサイクルで、自分自身を見つめていきたいなという思いで、着想を得たところの作品です。

●一見、黒という印象なのですが、よく見ると角度によっても実はいろんな色が浮き出て見えてきますね。
榎：耳慣れないと思いますが、フォトポリマーという材料を使っています。フォトポリマーフィルムというのはフィルム状の感光材で、版に貼って薬品をつかって腐食に似た形で作っているんです。それを4版作りまして、順次重ねて表現してます。

●4版使うというと浜口陽三も4版使う技法ですが、影響うけたことなどは？
榎：浜口先生の作品はもっと緻密な構成というか、計算された作品だと思います。私の場合は、版の重なり具合、ちょっとしたずれなど、人間の手技でどうしても出してしまう部分によって少しずつ微妙に変わっていく、むしろそういう偶然性や感覚を大切にしています。

●銅版画制作の魅力
榎：私は実は金属アレルギーでして、金属に触るとお腹を壊すんですね。そのこともあってフォトポリマーという材料を使っています。ですがプレス機をまわす時やインクを拭き取る時のわくわくした感じであるとか、この作品などはY、M、C、Kと色を刷り重ねていくんですが、順次色が変化していく楽しさなどがあって、どうしても継続したいと思い、お腹がいたくなりながらも銅版画をしているところです。

入賞： 門傳 真希子（モンデン・マキコ）　【日本】

●入賞作品について
門傳：この2つの作品を制作した時は2007年なんですけれど、パリに三年間滞在して帰国直前という時でした。その頃に同時進行で作った版です。左の作品〔カナタカラ…〕がパリに居ながら日本のことを感じながら作った作品です。右の作品〔喧噪を紡いで〕が、パリの中の自分を取り巻く雑踏や、その時の環境が私に影響するものを抽象的表現といいますか、どんどんと出していって、よりあつめたものが、こういう作品になっています。

●3年間滞在したというパリの印象はどうでしたか？
門傳：向こうで制作している人はエネルギーがあって、ものすごいそれが内側から滲み出ているような作品ばかりでした。そういう制作の姿勢が大変影響を受けて、どんどん私の作品も変化していきました。作品に対しても、作品に向かう姿勢に対しても、ものすごく影響を受けました。

●色がとても鮮やかなのが印象的ですが、制作について教えて下さい。
門傳：一版多色刷りという技法を使っておりまして、使うのは一版なんですけれど、パリの工房でやってるのは「ヘイター法」といいまして、インクの油の量や版につけたエンボスの深さによって、やわらかいローラー、かたいローラー、使い分けてインクをのせていき、インク同士の反発、もしくは混じり合うような環境を作って、一度にたくさんインクをのせるようなことができる技法です。

●作品の中で一番大事なことは？
門傳：こうゆう多色刷りという技法は、まず目に飛び込んでくるものだと私は思っているのですけれども、制作する過程で、技法を意識するやり方をあまりしたくなくて、必要な技法をやはり使っていきたいということです。

●これからどのように制作していきたいですか？
門傳：今はあらゆる意味で大きなスランプで制作はちょっと滞っているんですけれども、こういう時こそ何かが生まれると思っているので、スランプを楽しみつつ、なにか活路を見いだせるような、そういう思いで日々頑張っていけたらと思います。