| イベント情報 | |
|---|---|
| 日時 |
2025年7月26日(土) |
| 出演 |
林浩平、林道郎 |
| 参加費 |
無料(入館料のみ) |
二人の林先生による「南画」をめぐる考察の旅。
会場が一体となって江戸・近代・現代を旅しました。
このミュゼ通信では、最初の10分間の会話をほぼそのまま紹介いたします。
全文はこちらよりご覧ください
K:浩平先生 M:道郎先生
左:林浩平さん 右:林道郎さん |
(K)今回は、「現代における南画」の問題を2人でいろいろ考えてみようという企画です。
南画に関しては、祇園南海、柳里恭あたりから始まって与謝蕪村、池大雅が完成者だと言われてますが、
その南画のスピリットを現代に生かしながら制作活動をしている方々を今回、展示しているというわけなんです。 (M)寝返るという表現がいいのかどうか、分かりませんが、現代詩について書きながら、古典についても書くということを繰り返している。 (K)そうそう。 (M)だけど、その美術批評の方の御三家の人たちの書くものから、日本の古典は消えていくんです。すごく不思議なことなんですけども、簡単に言うと、やはり弁証法的進歩史観が戦後の高度経済成長期だったということともかかわるのでしょうが、美術の世界は西洋からの輸入ということを重要視して、「最新のもの」を追い続けなければならないという命題が彼らの意識を規定してきたところがある。もともとこの御三家はみんな花田清輝の深い影響下からものを書き始めるのですが、当の花田は日本の古典についていろいろと書き続けるという奇妙な差が生じる。それは吉本もしかりで、花田清輝、吉本隆明といった文芸評論を中心にやる人たちは、日本の古典について行きつ戻りつしながらずっと書き続けるんだけど、なぜか美術批評の世界ではそれがなくなってしまう。
(K)これは不思議な現象ですね。
戦後の美術批評史を牽引した1人である瀧口修造さんは『点』の中で、絵画と書は水と油で、なかなか混じり合わないんだと言っています。そういう意味で、近代美術を評論する人は、
東洋の古典美術みたいなものに行きにくいというわけなんですね。 |
|
(K)それで今の我々の問題意識にちょうど響いてくるのが香港生まれの哲学者、ユク・ホイという人が、主にヨーロッパで活動していますが、『芸術と宇宙技芸』の中で山水画論というのを展開しているんですね。
南画の中の山水画ですね。
ざっと大まかにユク・ホイが言ってることをまとめ直しますと、彼はヨーロッパの思考、これはアリストテレスに始まって、ずっとカントからヘーゲルを経て、ハイデガーに至るまで、その流れのベースになってるのは、ギリシャ悲劇的思考だというわけです。それに対して、山水画的思考というのを持ってくるわけです。その山水画的思考っていうのは何かというと、基本的に道家の思考。道家っていうのは、要するに老荘思想。これはアンチ儒教ですね、これが中国の精神史で大きな力を持っているわけですけど、そういう道教と、それから仏教の禅、さらには神仙思想、そういったものをヨーロッパ的なギリシャ悲劇的型に対して、対抗する山水画的思考のベースにあるってことを言っているのですね。
(K)そこでヨーロッパの現前を乗り越えたのが、山水画的思考だと展開していて。山水画とは、いかにも中国にある深い山で、川が流れているという、それを水墨で描くわけですけども、その中では山が陽であり、水が陰であり、いわゆる陰陽道がそうですけど、陰と陽の対立ですよね。
で、中国のものの考え方、基本的に山と川、この二項が対立するわけですね。 陰と陽、山と川。しかし矛盾はそこに起きないってわけですね。
で、これがヨーロッパにおける二項対立との違いなんですよね。 |
|
(M)ありがとうございます。
今の話、ちょっと補足しておくと、ユク・ホイのこの本の中には、いろんな対立項が出てくるんですが、西洋と東洋のほかにもう1つの重要な対立項として出てくるのは「哲学と芸術」です。
そして芸術がなぜ重要になるかということを、彼は絵画を中心にして語るんですけど、芸術の役割というのは、表象不可能なもの、つまり言葉つまり哲学的なロゴスによって捉えられないものを感じられるようにする。可視的ではなくて、彼は「可感的」ということをかなり強調するんですけど、何かそのロゴスによってとらえられない形なきものを、絵画によって感じさせるようにすることができるという前提がある。だから、芸術が哲学のある種のアンチドートつまり抗体のようなものとして非常に重要なものになるから、今後、例えばテクノロジーと芸術の関係も、そのさっきのハイデガーじゃないですけど、テクノロジーによってどんどん我々の生活が支配され、資本の流れによって趣味も思考もコントロールされていくような世界になっていくのに対して、芸術はそこからこぼれ落ちるものを
何らかの形で示唆することができると言う前提に立っている。だから、今度は芸術によってテクノロジーをフィードバック的に方向づけていく可能性が開かれているし、それが重要な芸術の役割だという主張がなされるわけです。そういう哲学と芸術という問題、それからテクノロジーと芸術という問題が、浩平さんが言ってくれた西洋と東洋という二項対立的な議論の中に、別の軸として串刺しみたいな形で入ってくるわけですね。 (K)百科全書的な。芥川が言ってますよね。ここにはクレオパトラの金髪も、もしかしてあるかもしれない、なんてジョークをね(笑)。そうそうそう、なんでもあるから。その状況が大事ですね。 (M)ええ、そのとてつもない雑食性が、南画的なものを生き生きとしたジャンルにしている1つの原因だろうと僕は考えています。 だから東洋/西洋という二分法ではない何か新しい流動的な状況を南画が象徴してたような気がするんですね。 江戸の18世紀に。で、それが今ね、ユク・ホイの議論なんかを踏まえて見返した時に、魅力的に見えてくるっていうことがあると思います。 ある意味、彼が提議している西洋思想と東洋思想(老荘思想―山水を軸とした思想)の出会いの予備的なリハーサルのようなものを南画的なる運動の中に見出すことができるのではないか、などとも思ったりするわけです。それに、後でまた触れますが、南画における「運動」というのは、蕪村や大雅でもそうですが、実際に日本各地を旅する、越境的に移動していく身体の運動と密接に関わっている。その最たる例が、子供二人を連れて脱藩してまで自由を求めた浦上玉堂ですが、普通「脱藩」というと、政治的目的のためにするわけですが、玉堂の場合はどうもそうではなさそうです。 その原因の詳細については不明な部分もあるようですが、そこに、少なからず「美学的脱藩」とも言うべき側面があったことも確かだと思われます。つまり、南画的な感性が、現実の政治的境界を超え、新たなネットワークをつくりだす媒体として働いている。そこには、社会的有用性に寄与するかどうかも未知の無数の鉱脈が、もしかしたら今も採掘可能なままで残っているかもしれないなどと想像したりするわけです。 (K)おお、メジャーな南画家の名前が出ましたが、浦上玉堂ですね。琴の名人でもあったわけですが、そう、脱藩して会津藩なんかに厄介になりながらも、もう仕官はしない。なるほどね、美学的な脱藩、というのはいいですね(笑)。そしてあの名作、川端康成旧蔵の国宝です、「東雲篩雪図」が描かれたのですね、脱藩以後です。 あの、このメモに道郎さんが書いている表現なんだけど、「態度としての南画」、ということでしょう、南画における雑食性とか運動性とか。うん、今回のミュゼでの出展作家さんたちの作風にも、それはあてはまるでしょうね。良い結論でした(笑)。 |