小金沢：
ご紹介いただきました小金沢智と申します。「忘れられない、」展の顧問をさせていただきました。今回顧問をさせていただくにあたっては、展覧会のタイトル「忘れられない、」や、三名の作家の方と浜口陽三さんの作品を、できるだけ混ざり合うような形で展示構成の提案などをさせていただきました。一階には浜口陽三作品と向山喜章さんの作品を展示しております。向山喜章さんです。
早速ですけれども、向山さんの制作にあたっての動機やテーマについて窺えますでしょうか。

向山：
私は制作を始めて来年でちょうど30年になります。幼少の時から、祖父が和歌山県北部にある高野山という空海の創建した寺社に仕えた町の大工だったんです。その祖父の背中を見て育ちましたので、作ることと祈ることを五感で感じたと言いますか、両方を同時に知りました。周囲には大工や建築家や美術家、そして非常に尊敬できる僧侶もいました。そのような環境の中で、抽象的な光の世界に惹かれていったのが動機になります。

小金沢：
なるほど。向山さんは、現代では美術作品と呼ばれてもいるものの、それが作られた当時はいわゆる美とのみ言えるわけではない、宗教的なさまざまなものに幼少期触れられる中で、自らも作品を作られるようになったのですね。

向山：
そうですね、密教美術、曼荼羅、非常に荘厳な静謐な大霊園、空海の理念で、創建された壇上伽藍（だんじょうがらん）という立体曼荼羅があったりする中で遊んできたので。
あと少し余談ですけど、お祈りする時に蝋燭に火を灯しますよね。あれで遊ぶのが好きだったんですね。小さい時。

小金沢：
蝋燭の火で遊ぶとは、どういったことですか？

向山：
親にはよく子供が火遊びするなと怒られたんですけど、ずっと蝋燭を見つめてたらしいですね。火を点けて、（蝋を）たらたら垂らして。高野山にある絵本は仏像がたくさん出てきますが、小学生の時、仏様の顔がない方がもっとかっこいいのにと思いながら、それに蝋燭を垂らしていましたね。
制作する前に毎朝祈るんですけど、祈ってから作って、作れたことでまた祈るっていうことを反復して30年経っているので、僕の中では当時と現在の制作する日々とにあまり違いがありません。

小金沢：
祈ってから制作されるんですね。

向山：
そうです。習慣でね。お坊さんや大工の背中を見て育ったので、ことさら自分が意識したり意図していたわけではありません。なぜワックス（蝋）を用いて制作をしているのかも（当たり前だったので）、他の方に指摘されてはっとしたというのが正直なところです。

小金沢：
自分の身の中に染みついている経験がおありということですね。

向山：
ずっとワックス（蝋）を使って制作してきて、新たな試みとしてペインティングを始めて4、5年経ちます。光というものは闇と同等で、闇の深さがあって初めて光があると僕は思っているので、その闇と光を重ねることで新しいペインティグが生まれないかと、色々試みています。

小金沢：
幼少期の蝋燭の光の体験にかぎらず、光というと、自然の陽の光、そして人工的な光など、私たちは日々いくつもの光や闇の中で生きています。そういった日常における光や闇のご経験が、向山さんの作品のイメージを作っているのでしょうか。

向山：
光には大きく2つ、瞼を開いて見る光と閉じて見る光があると思っていまして、閉じるといっても完全につむるわけではなく、半分にした状態で見えてくる光の世界、それが祈りや瞑想、メディテーションということかと思うのです。そのような抽象的な光にずっと惹きつけられているっていうことですかね。

小金沢：
つまり、原体験として幼少期の光の体験はあるけれども、作品を制作するにあたってそれが具体的に反映されるというわけではなく、抽象化されているということでしょうか？

向山：
私の場合、限定されたり、特定しているようなところで自分の心が動くことがあまりないものですから、どこの国の方が見ても、お若い方からお年寄りの方から見ても、一つの普遍的な形象となり得る形があるのではないかと追求し、ミニマムな方向に向かっているということです。

小金沢：
ありがとうございます。ここで展示構成について窺いたいのですが、今回は同じ空間にご自分の作品と浜口陽三の作品があります。それは制作や展示構想にあたって、なにかしらの影響を与えましたでしょうか。

向山：
作家さんは皆さんそれぞれにお考えがあるので、他の作家さんの表現について言及したくないんですけれども、今回は闇の光を探究された浜口先生と一緒にやらせていただくことになったので、その闇の深さに対し、私の光にどのようなハレーションが起こるか、興味が沸きました。展示候補の浜口作品にはブラックの作品が多かったので、対極的にハレーションが起きやすいよう、比較的カラフルな作品をという調整はしました。

小金沢：
向山さんおっしゃったように、浜口陽三の中でも黒が特徴的な作品を、この一階には展示しております。そうすることで、向山さんの色が空間に浮かび上がるかのような作品が浜口陽三の作品に反射して、お互いが光と闇を照り返すかのような関係を結ぶ部屋がう生まれるのではないかなと。
ですので、今日お集まりの皆様にはぜひ相互に行き来するような形で見ていただきたいと思っております。

小金沢：
（地下の会場に移動）続きましてカロリーナさんからお話しをうかがいます。
作品を制作される上でのカロリーナさんの動機、テーマについてまずお話を窺わせて下さい。

アンティッチ：
私の制作は、まず絵を描くことから出発して、いろいろな自分の旅が始まります。 描くにあたり、ひとつの方法として古い百科事典を参考にします。特に伝記の項目には、歴史的なヒーローがどうやって生き抜いてゆくのか書かれていますが、それに興味があります。
そして描くという旅に一緒にいてくれるのが子供達です。子供達の存在をモチーフとして使うことにより、絵のテーマがより存在感のある実体的なものになります。ただ実際にはその子供達の存在さえも消えてしまうような中で、自分は絵を描いています。
幼少期は誰にでもあり、皆さんご自身も体験し、通過しています。「林のなかのかくれんぼ」は、隠れるという意味のタイトルですが、描き進める中で、最後には、ぱっとみた時に子供が正面に来る絵になりました。

小金沢：
今回は映像作品が1点だけ展示されています。また本展では展示されていませんが、カロリーナさんは磁気の立体作品なども制作されていらっしゃいます。絵画だけではなく、手法が幅広い。映像では、自作の絵が動くわけですが、絵画ではなく映像という手法を用いることによる、カロリーナさんにとっての表現上の意味をお聞かせください。

アンティッチ：
私は常に絵から出発しており、ビデオはその絵の連続です。
動きはそれほど凝ってはおらず、とてもシンプルでミニマムな作品です。目を開けたり閉じたりした時にコマ送りになることをイメージしています。
描かれている子供は、ジャン＝バティスト・オリオールという実在した道化師で、バランスを取って瓶の上に乗ったそうです。私たちも人生において、細いビンの上に乗ること（アンバランスな中で挑戦する局面）があるので、テーマに選びました。

小金沢：
最後に、今回の展示についてご感想などをいただけますでしょうか。

アンティッチ：
「忘れられない、」という題名の展覧会に参加するにあたり、忘れられない瞬間、例えば目を閉じて作品を見て目を閉じた時にもその残像が残るような作品、時を止めたような作品を選びました。

前原：
最初に「蜂」を見たとき、心象風景でしょうけど、非常に寂しい、取り残された物悲しさを感じました。心の孤独の表現だと思うのですが、作家のイメージとして、彼はこの後、帰って夕飯を笑って食べるのでしょうか。

アンティッチ：
私としては、むしろ切り取られた時間、無限の中にいるその瞬間を切り取られた形で描くことにより、その人の持っている魂に近づけると感じています。
人と人が一緒にいる絵も描いていますが、そこにおいても一人一人が、一人として完結しています。

前原：
ひとりひとり幸せのイメージがあればほっとします。

アンティッチ：
一人で寂しいというよりは、一人一人が立っている、独立してるイメージです。

質問：
イタリアで発刊された吉本ばななさんの装丁は、とても腑に落ちた感じがありました。展示中の子供たちにも共通するものを感じました。日本とイタリアとの違いについて、どのように思われますか。

アンティッチ：
私はイタリアに長く住んでいますけど、国籍はアルゼンチンです。
私の作品はとても個人的なので、国境や国、そういったことはあまり関係がありません。吉本ばななさんの書籍について、どこの国だからということはなく、自分自身としてすとんと来るものがあり、日本で展示をしても違和感なく、しっくりくる感じがします。
先程「孤独」についてご質問いただきましたが、私の作品に表れている人物は、魂がひとつそこに存在するという方に重きがあります。

質問：
これだけ子供の表情を描かれたりするので、子供と関わる仕事をされたことがあるんですか?

アンティッチ：
子供と関わる仕事はありませんが、私は母親なので、子供と一緒に関わって成長していく姿が大きかったと思います。作品の中でも、最初は小さかった子供達が成長してきています。子供達とは、何かこう存在感を示してくれていると思います。

「鉱物標本棚」は学校の絵とも言えるのですが、私は抽象的なテーマを描こうとして、子供達を使っています。子供達がいて、鉱物の標本が後にありますけれども、実際には大地の表面の下に何があり、どんな風に分類され、どのように変化してきたのか、様々な疑問や、不安や、落ち着かない気持ち、それらをこういう形で作品にしています。
（スペイン語通訳：柏倉恵美子）

小金沢：
最後になりますが、前原さんにお話しをうかがいます。皆様に聞いてることの繰り返しになってしまいますが、制作にあたっての動機やテーマについて教えていただけませんでしょうか。

前原：
バックボーンは、昔から日本人に染み付いてる無常観。栄枯盛衰、諸行無常、もののあはれ、ゆるぎない定め、抗うことができない定めをずっと考えていまして。そういう気持ちで自分が反応したものなら、何を彫っても作品として成り立つんじゃないかっていうことです。

小金沢：日頃生活の中で、そういう目線で物事や風景を見ていらっしゃるのですか？

前原
最初の頃はそういうところもありましたが、探すと見つからないんですよ。ぷらぷらしている時にふと目に入って、これなんだ？って思ったものの方が逆に趣があったり、何かを表わしていたり。
元々人が見る方向は見ず、放置された錆びた部品など、人々に見向きもされないものに昔から惹かれる性質でしたので、そういう物を見つけます。

小金沢：
そうして見つけたものに対して、写生的に作品を作っていらっしゃるのか、あるいは制作する中で形が変わることがあるのでしょうか？ 必ずしも写生的ではない造形と窺っておりますが。

前原：
もちろん完全には模刻ではないんですが、何を彫るかとどう彫るかとは、考え方が全然違います。なにを彫るかは心の問題で、どう彫るかは、彫刻マニアみたいなものですから、やればやるほど目が見えてくるんですね、脳が鍛えられて。だから最初は完成だったレベルが、10年20年もやってると、もっと見えてきてしまうんですよ。もっと細かくとか。もっと表面をとか。それをやってると、どんどん写実になるんですけど、必ずしも写実をすれば自分のイメージが出るわけでもなく、逆に途中からものを見ないようにして、自分に残った記憶で彫ったり色を付けたりする方がリアリティというか、自分が最初に感じたものに近くなったりもするので、その辺は作品によって違うのですが、テクニカルなことへのこだわりは非常にあるんです。今まで誰もやってないようなことをやってやるとか、そういう気概は持っているんですけど、必ずしもそれを見せたいわけじゃなくて。

小金沢：
技法に対しては探究心、自分の技術を高めていくご関心が非常にある一方で、決してそこを見てもらいたいというわけではない？

前原：
必死に何ヶ月もかけてやってますから、そこは見てほしい（笑）。だけど、それだけのものだなって鼻先で笑われるのは、ちょっとシャクにさわる。

小金沢：
失礼しました。（笑）
今日窺いたいと思っておりましたのは、作品になるものと、ならないもの、その差異です。無常や、もののあはれのようなものを前原さんがその対象に対して感じ取るかどうか、ということになるのでしょうか。

前原：
例えばもういい歳ですけど、道に転がっている錆びたボルトは、今でも拾って帰ったりします。そういうものの断片を、記憶の中で、思いついたらとにかく落書き帳にイメージを描いていくんです。それを何冊も。ぐちゃぐちゃっとでいいんですけど、自分が引っかかった断片が繋がった時に、自分の中でこれは出来るなと。

小金沢：
それが作品になるかどうかは別にして、心が動いたものを手に取ったり、スケッチしていらっしゃるということですね。　

前原：そうですね。だからまず、かっこいいな、が最初の第一段階ですごい大事です。

小金沢：
前原さんは元々は油絵のご出身でいらっしゃいますが、油絵からこのような木彫の作品に変えられたきっかけがあったら教えていただけませんか？

前原：
私の場合は、向山さんやカロリーナさんみたいに思考が働いてる感じが全然ないので。木彫のきっかけは、たまたま大学の卒業の時に木彫作品を作ったのを、画廊さんからいくつか声かけていただいたっていうことで。別に今から彫刻家になるぞという区別は、一ミリもなかったんです。自分も立体が多少おもしろかったんですよ。平面は、写実の人は結構上手いし、似たようなものを今から俺が描いてもそんなに面白くないなというのもあって。木彫は目新しくて、あまり木彫ではやってなかったものが多かったので、そのままやり続けているうちに、今に至ってしまいました。

小金沢：
最初から一木で制作されてらっしゃったのですか？

前原：
一木へのこだわりは、今でもそんなにないですよ。彫ったものに彫った物を乗せるのには抵抗はないですね。でもこう見えて神経質なところがあるんです。ほぼ大雑把なんですけど、非常に完璧主義なところがあって、木の継ぎ目が分かると許せない。それくらいなら一木で彫り出した方が自分にとっては楽だった。成り行きと便宜上でこうなっているんですね。

小金沢：
最後に、今回の展覧会にあたって考えられたことがありましたら、
お話いただけないでしょうか。

前原：
今回、色も形も全然違う4人の作家の作品が並んでいるんですけど、何というか、心が反応してる部分が非常に近しい。華やかさとか、ケレン味があるわけじゃないので、地味と言っても良いのかな。話題性や目立つことではなく、暗い中に見つけた灯りのような寂しさもありながら、自分が本当に好きだ、こんな表現したいと目指すものが近しいと感じます。

質問：
タイルと石鹸の作品で、石鹸だけあえて大理石を使っている理由は？

前原：非常に初期の、木彫家という自覚がない頃、大理石の透明感や清潔感が非常に面白くて使いました。今でも大理石の方がよければ大理石を使います。

質問：
「ブリキの柿」だけは現実のものではなく、特別の意気込みや新境地があったのか？

前原：
果物が置き忘れられた感じを出そうと思っても、あっという間に同じようにしおれて梅干しみたいに元が分からなくなってしまうのですが、鉄やブリキは経年劣化のスパンが長いので、10年20年放置された感じの柿が出来るんじゃないかなと思いました。
好きな素材の感じでいろんなものが作れるかという試みではあります。