高橋：顧問というのが非常に曖昧でして、この展覧会にこの三人を集めて秘密の湖という題をつけたのはこの美術館のキュレーターさんで、この方が僕を見つけて顧問としてくっつけたんです。これは嬉しい災難で、見せていただいて、非常に感動したというか、震えたというか、自分のやっていることは一体なんだろうとを考えさせられました。

■生活の糧と制作
高橋：僕は詩を、若い時に出会って60年ぐらいやっているわけですけれど、これは現代の芸術の中で唯一お金と換算できない芸術と思ってきました。しかし、お三方の作品もそうそうお金になるとは思えません。一体どうやって皆さんご飯を食べていらっしゃるのかな。ちょっとその辺からお聞きしたいなと思っているんですけど。

三宅：私は作品を売るほか、先生をしています。作品を作りつづけることを中心としてほかのことはアレンジするという形でいろいろなことをやりくりしてきました（笑）。
福田：私は主にアルバイトです。大学で講義をしていた時期もあるのですけれども、務まりませんでした。
高橋：あの作品は売れますか?
福田：私の作品には物理的に保存が利かないものもあって、壊れやすい、無くなってしまうような作品は難しいみたいです。
高橋：そうですね。でもそれをあえて選ばれている訳ですね。その保存の利かないものをテーマというか。
福田：はい、自発的に選んだのか、図らずもそうなってしまったのか、両方あると思いますが、徐々に物質感が薄れてきています。
高橋：本当に勇気があるなと思いますね。やはり本当に好きだから続けてこられるんですね。
福田：他にもし仕事があったとしても、うまくいかなかったのではないかと思うので…、このくらいのことしかできなかったのかもしれません。
高橋：いやこのくらい出来たんですよ（笑）。
池内：わたしのなかにいろいろなものが入ってきて出さざるを得ない、作品をつくることで、自分を保っていられるのではないかと思います。そのために生き抜いているといったところでしょうか。

■残酷ということ
三宅：高橋さんに「であう」という詩を展覧会に作っていただいて、以前の詩集とあわせて、共感することがたくさんあったのでお聞きしたいのですが、・・・私は高橋さんの詩を読ませていただいて、”反転すること”、”残酷さ”、という二つの事柄が心に浮かびました。「であう」には「生きるのがおしまい」というくだりがあったりして、少し怖さを感じるというか、そういうものを常に見つめているような気持ちがしたんです。ここでは残酷さについて、思うことがあればお聞きしたいなと思います。
高橋：（略）・・・結局、作るということ、出来るというのは、いつか壊れるということなんですね、だから皆さんは本当に如実にそれをなさっていて、そのことに一所懸命生きていらっしゃるということはすごいことだと、自分など勝手なことを思うわけですけども。―ところで、なんでしょうね。残酷って。
三宅：（笑）作ることは喜びなんですけど、壊れるということが必ずあるし。
高橋：絶対に壊れますね、どんな名作だっていつかはなくなります。僕らは壊れるし、僕らの愛の関係もすぐ壊れるしね、変質するから（笑）。残酷さというのは本質的な人間とか、それから世界とかのありよう自体が残酷なのではありませんかね。
三宅：そうですね。

■偶然について
池内：わたしのなかに作品の姿が浮かんでくるのですが、それがはっきりしている場合とぼんやりしている場合があります。朧げなその姿を探っていく過程で、いろいろな偶然、例えば別の考え事から引き出されたもの、ちょっとした会話にたち現れてきたもの、ふと立ち寄った場所や、夢のなかでの出来事、などに作用されて、実態が明らかになっていくことがあります。
高橋：自分で全部はっきりしている場合でも、まったく偶然が入ってくる場合もありませんか?
池内：はっきりしているというのも偶然なのかもしれないし、いつのまにかわたしにはっきりあるということは、何なのでしょう？偶然、必然と言い切れないです。
高橋：自分が主体ではないですね。
池内：媒体となっているような。特に20代や、30代は何かにあやつられて、自分が分からなくなってしまって、作品をつくることによって、それを紐解いていくような状況でした。最近になってそれはどういうことなのか、少し分かるようになってきました。
高橋：導かれているのかもしれない。

三宅：私の作品は、フォトグラムという写真の一種なんですけど、まず制作の出発点として、一度誰かがカメラで撮って可視化されたイメージを素材やモチーフにしています。静物画を書く方だったら瓶とかをモチーフにされるという感じです。私にとっては、誰かが一度は世界をカメラで切り取った、そのイメージに出会うことがきっかけになります。そこから、写真を手描きでネガフィルムにおこして、また写真に戻すというプロセスをたどっていきます。でもこれは、模写や複製とは違います。イメージと出会ってそれが頭の中に蓄積されていくときのタイミング、偶然性とか、あとは誤認とかが、制作のプロセスの中で再現されるように自分の中でやり方を作っているんですね。最初にイメージに出会うとき、何か感じるものがある。それを描き写そうとするときに、イメージによってそれぞれ違う感覚が呼びおこされる。例えば、この世にあったのに今はもうないんだなという感傷的な気分を引き起こすこともありますし、色や形のおもしろさに引きつけられることもあります。この気持ちが写真を撮った人に寄り添ったものなのか、今、写真を見ている自分のものなのか、あるいは、もとのイメージをなるべく正確に写しとりたいのか、私が惹きつけられた箇所を強調していくのか、その態度はイメージによって偶然に決まっていくような感じで、態度としてはすごく曖昧です。そのプロセス通って作られた絵が、最後に、露光によって印画紙に焼き付けられると、否応なく出てきてしまい、自分でも毎回驚きます。一つ一つの作品が、多くの部分、偶然の積み重ねの結果なのかなと思わずにはいられませんね。何かを目指して出掛けて、行き先は決めているんだけれども、迷ってずっと違うところに行ってしまうこともどこかに期待しているというか。別の世界に行くには何かしら偶然のはたらきが必要だとおもいます。

■空や宇宙について
池内：作品をつくっていると、頭頂より一本の糸が出て、天空のどこかに結び付けられるような気がするのです。いろいろな方が天空だとか空、頭上について語られていますが、高橋さんはどの様に捉えられているのかお聞きしたいです。
高橋：これも自分の体験で言いますと、中学の二年生のときに新校舎ができて、自分が机と椅子を運んで、新しい教室に入って、窓に上がって窓ガラスを拭かされて、ふっとエア・ポケットというか、ある空間に落ち込んだ感じになって、それから今もその落ち込んだままという感じがあるんだけど、それが僕の宇宙観というか。一言でいうと、世界とか宇宙とかいうものはある。でも自分はない。いないというのが基本にありますね。とにかく自分がないという感覚が、自分が何かを作ろうということとつながっている。そして僕の場合はそのことと、孤独感とが深くつながっているんです。

■光と闇について
高橋：先に僕のことを言いますと、リルケの影響もありますけれど、やっぱり光より闇の方がすっと本質的だという感じがあります。僕は闇の中から何かもらうことが多い。光より闇、闇というものは本当に広々としていて、そのほんの一点が光だという気が僕はしていて、光に照らし出されると自分がすべてさらけだされるでしょ、でも闇だと包んでくれるというか。
池内：すべてを光にさらして、光の粒のなかにとけてしまいたいという思いがあります。ホワイトキューブの空間に白い糸を設置することがあるのですが、それは光のなかの闇というか、見えない、見えにくいものになっていきます。
高橋：なるほど、光の中の闇ね。光の中に溶けてしまうというのは、自分が光の中でひとつの闇にされているのかもしれない。

福田：私は闇にも光にも両方に、強烈に惹かれます。作品にからめてお話しますと、今、文庫本の「ランボーの手紙」の頁を切りとって、縫い針でびっしりと細かな穴をあけた作品を展示していますが、なぜ穴をあけ始めたのかはさっぱり分からなくて、はじめは衝動的な行為だったんです。それがある時、ふと太陽にかざしてみたら、無数の穴に光が通過した途端、机の上では普通に読むことができていた活字のすべてが、サーッと光の点になって、ひとしく消えてしまったんです。それだけのことかもしれませんが、私にはたいへんな衝撃でした。言葉が一瞬にして無くなり、自分の手にしていた文字が… 言葉は黒い線なので一種の闇だったとも思えるのですが… 闇が光に散った。今回は、そのことを説明するのではなく、本の頁だけを差しだす形で展示しましたが、実はそういう実際の体験が背後にあります。闇が霧散して光になった、そのとき、それを見ている自分自身もまた闇なのだろうけれど、光になって消えてしまった、救われたような感じだった。一瞬だけ、私という真っ暗な闇が光にとけた。
高橋：それは幸福感ですか?
福田：そうです。
高橋：だからやっているんでしょ。
福田：ああ… そういうことですね。そういう瞬間というものは、穴のあいた頁をここに置いたからといって皆に共感して貰えるわけでもなく、でも、そういうことなのだと思います。
高橋：痕跡ですね。
福田：はい。そのときの異常な興奮の中にある何ものかは、すべての人には伝わらなくても、作品の中に在るのだろうと思います。光と闇と聞いて思い出したことをお話しました。

三宅：私は、光と闇だと、闇が大きくて光が少ないという体感をなんとなく持っているとおもいます。闇だけでも光だけでも私たちはものを見ることができないので、闇の中に少しの光がある状態が私の感覚です。そこに平面があると影ができるんですけれども、絵画の起源を記した伝説のようなものに、遠くに行ってしまう恋人の影をトレースした、というお話があって、移り変わってしまうイメージを残したい、またはそこから発展して、誰かとイメージを共有したいとか、神に捧げたいというような、イメージに対する人間の欲求が、光と闇という関係の中から出てきているとおもいます。見えている部分より見えない部分の方がずっと多い、それは昔の人も今の人でも変わらないかなという感じがしています。