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プロの料理人が読んでいる情報誌

  • 里山の自然と美しい水、 人の真心がつくる本美濃紙。

    プロの技 拝見

    1300年続く日本最古の和紙

    pro-30-7 奈良の正倉院に保管された702(大宝2)年大宝律令の際の戸籍用紙が、現存する日本最古の紙。産地は美濃、筑前、豊前であることがわかっています。なかでも美濃の紙は良質とされ、平安時代は公用紙に、江戸時代には幕府の御用達となり、「美濃判」として障子紙の規格に定められました。

     美濃和紙でも特に高級とされるのが、クワ科の落葉低木、楮のみでつくられる本美濃紙。伝統的な製法は本美濃紙保存会の会員の手によって受け継がれ、守られています。その会長を務めるのが、澤村正さん。京都迎賓館では、澤村さんの本美濃紙が5000枚も障子紙や照明器具に使われています。長良川上流にある紙すき工房で、その熟練の技を拝見しました。

    冬も夏も、毎日同じ紙にすく

     紙づくりはまず、那須楮の白皮を長良川の支流・板取川の清流に数日さらし、自然漂白します。川さらし(寒ざらし)は、地元の冬の風物詩でもあります。次に白皮を煮熟し、丸い槌で繊維を打ち、汲み上げた地下水で紙をすきます。天日で干し、選別をして、ようやく製品となります。

     一連の作業を職人が体得するまで約10年。澤村さんは戦後に修行をはじめ、70年になるといいます。生産量は一日100枚程度。機械化すれば一日20万枚生産できる紙を、あえて昔のままの手すきで行ってきました。

     「紙すきは儲からないが、ただ良い紙を作りたい一心で、堪えながら続けてきました」と澤村さん。朝から夜まで立ったまま、寒い、苦しいと感じる暇もなく、冬も夏も同じ品質、求められた厚さの紙をすき続けてきたと言います。「原料が悪いときも、濃度が違っても、稽古はありません。全部が本番、全部いいものにする。それが職人なのです」。

     前年には胃の手術を受け、医師から半年の休養を勧められたにも関わらず、一ヶ月で工房へ復帰。「紙すきは体に染み付いているもの。じっとしていられませんよ」と笑います。

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     美濃に戦後300戸あったという紙すきの家も、近年2戸まで減少しました。1969年に保存会を設立して活動を続けた結果、いまでは会員も増え、研修生となる若者が全国から集まります。静かな家屋で、一枚一枚、黙々と紙すきを続ける澤村さんの背中は、70年の日々を物語るかのようです。「紙をすくときは、ただ簀面だけを見て、まっしろな心ですきます。心が紙に現れますから」。本美濃紙の温かみ、やわらかな風合いは、澤村さんの真心が映し出されているのかも知れません。
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    良い紙を作りたい、伝えたい

     美濃をはじめ全国の和紙を扱い、紙鍋やお膳の敷紙など業務用テーブルウェアを4000品目以上手がけるアーテック。全国の百貨店で、現代の暮らしに合ったデザイン性の高い商品を女性視点で展開しています。テーブルマットや箸袋は美濃和紙を用い、「やわらかさ、趣があるので、女性向けの製品に合いますね」と久家麻妃社長。文化遺産登録後は問合せが増え、県知事のトップセールスということでフランスへも同行しました。パリでは5cm角の和紙が人気だったとか。「パッチワークのようなアートに使うそうです。日本と用途は違っても多くの方に和紙に触れていただければ」と語ります。

     古来の技術を継承する職人だけでなく、和紙の魅力を国内外へ発信する企業もまた、1300年続く伝統文化の担い手です。美濃和紙の可能性は、海外でもひろがっていくことでしょう。

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    本美濃紙保存会会長
    澤村 正 氏

    アーテック株式会社代表取締役社長
    久家 麻妃 氏

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