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プロの料理人が読んでいる情報誌

  • 森の恵み〝山肉〞が和の〝ジビエ〞として復活

    インタビュー

     信州では古くから野生の鹿・いのしし・うさぎなどを〝山肉〞と呼び、食べてきた歴史があります。江戸時代、海がなく農業も困難な山間部に住む人々にとって、山肉は冬を乗り切るための重要な食料源でした。

     明治から昭和にかけて 、鹿皮は高値で取引され、頭数が激減しました。戦後はその対策として手厚く保護したため、鹿が激増。並行して農林業被害が増え始めました。長野県では、適正な数よりも10倍以上の鹿がいるといわれています。

    鹿の食害で立ち枯れ、表土が流出し始めた森林©長野県林務部

    鹿の食害で立ち枯れ、表土が流出し始めた森林
    ©長野県林務部

     目に見えない生態系の被害も深刻です。長野県の鳥獣対策・ジビエ振興室の丸山真一郎さんによると、「鹿は木の皮を食べるので、木を枯らしてしまうのです。森林が枯れると土砂の流出や山腹の崩壊につながります。また、鹿の餌となる高山植物も激減しています」。

     農林業被害がピークとなった平成19年、鳥獣対策の取り組みを開始。しかし、捕獲頭数が増えていく中で、「捕獲した鹿も、森からいただいた大切な命。食用として使えないだろうか」という声が出始めます。これが信州ジビエ誕生のきっかけでした。


    鹿のひき肉のグラタンズッキーニのカップ

    鹿のひき肉のグラタンズッキーニのカップ

    鹿のスープカレー

    鹿のスープカレー

    鹿のソーセージ盛り合わせ

    鹿のソーセージ盛り合わせ

     夏野菜とそばの実のタブーリ鹿のジュレ添え

    夏野菜とそばの実のタブーリ鹿のジュレ添え

    認証制度施行で、より身近に

     ちょうどその頃、長野は信州ワインのPR活動を行っていました。「ワインとジビエなら相性もいい。県外からの集客も狙えるだろうと、〝山肉〞ではなく〝ジビエ〞として打ち出しました」と丸山さんは振り返ります。

    長野県鳥獣対策・ジビエ振興室課長補佐/鳥獣被害対策係長丸山 真一郎 氏

    長野県鳥獣対策・ジビエ振興室課長補佐/鳥獣被害対策係長
    丸山 真一郎 氏

     野生鹿を食用にするには、捕獲からできるだけ早く解体することが必須。心臓が動いているうちに血抜きをした方が良いと言われています。狩猟から調理までを行う、「農園カフェラビット」のオーナーシェフ児玉信子さんは「鹿は体温が高く、解体の途中でも自分の体温で肉が焼けて白くなっていきます。冬は解体していると湯気かが立つくらいです」と話します。新鮮なうちに解体し、冷凍保存。まさに時間との戦いです。


     平成26年には、県と信州ジビエ研究会が鹿肉の安全性を担保する認証制度を制定。そのおかげで、大手スーパーをはじめ東京のレストランなどへ一気に販路が拡大しました。

    意外と合う。しょうゆと鹿肉

     「鹿肉は鉄分、カルシウム、ビタミンの多い、ヘルシーな食材」というのはジビエ関係者の共通認識。「〝クセが強く硬い〞というのは先入観。しっかり血抜きをすればクセもないし、内腿などは柔らかくておいしいですよ。むしろ海外から来た方は、〝物足りない〞と言うくらい」と丸山さんは笑います。

    手前が解体された鹿、奥はイノシシ

    手前が解体された鹿、奥はイノシシ

     さらに、「鹿の茹で汁は和風だしに似ています」と児玉さんが教えてくれました。「フレンチだとジビエはこってりしたマデラソースなどと合わせますが、しょうゆと合わせると落ち着いた味になります。鹿は脂肪分が少ないので、しょうゆの方がヘルシーさも際立つし、香ばしさが出ますね」。

    農園カフェ ラビット/ジビエ料理研究家児玉 信子 氏

    農園カフェ ラビット/ジビエ料理研究家
    児玉 信子 氏

     児玉さんのジビエのレシピ作りのポイントは、しょうゆや味噌、麹、ヨーグルトなどと合わせること。「発酵調味料はコクが増すし、鹿肉の匂いを消したり、反対に匂いを引き立てたりする魔法の調味料。それに、ローストディアなどは炊飯器でもつくれるし、鹿肉は特別な食材ではありません。レシピに悩んだら、牛肉や豚肉ならどう調理するか、それと同じ視点で考えればいいと思います」。

     鹿は、50kgくらいで3〜5才くらいのメスが一番おいしいといわれます。それは肉質が柔らかで、筋繊維が細かいから。「これからは〝3 歳メス鹿〞などブランド肉としての展開も考えています」と語る丸山さんの言葉に、信州ジビエのさらなる可能性を感じ、期待が高まりました。

    鹿のひき肉のグラタンズッキーニのカップ

    解体・冷凍保存を行う「美麻ジビエ工房」

    園カフェ ラビット

    農園カフェ ラビット

    取材協力/長野県鳥獣対策・ジビエ振興室 農園カフェ ラビット

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